禅の話の最近のブログ記事

 
禅語を調べていたら「放下著」と言う言葉が目に留まりました。間違っても「下着(したぎ)を放(はな)つ」と読まないでください、との但し書きがありましたので・・・ご注意を・・・(;・・)ツ☆
 
放下(ほうげ)とは、投げ捨てる、放り出す、捨て切ると言う意味があり、著(じゃく)は強調する時に用いるのだそうです。「すべての執着を捨て去りなさい!!」と言う事のようです。
 
人生をある程度過ごすとそれなりに地位やら名誉やらが周りを取り巻いて来ます。肩書きやら財産やらお金やら捨てる事の出来ない荷物がどんどん増えて行きます。これらへの執着心を思い切って捨て去ることができるならば、本来の自分を取り戻せ、いっさいがありのままに見えてくるのだそうです。
 

塩の道千国街道
もう一つ禅語に「知足(ちそく):足(た)るを知(し)る」と言う言葉があります。「貧乏とは何も持っていない人のことではなく、多くを持ちながらもまだまだ欲しい欲しいと満足のできない人のことである。何もかも足りていると感じる事が出来るならば、今すぐにでも裕福になれる」と説いています。
確かに背負った荷物を捨て去るのは難しいですが「我欲を捨てて現状に満足しなさい」くらいは何とかできそうな気もします。いくら大きな荷物を威張っても、あの世までは持って逝けませんもんね。
「座って半畳、寝て一畳」ってな言葉も有りますから。
 
((^┰^))ゞなんつって
 
 ガソリンが上がっても高級車は憧れだし
モニターの大きな一眼レフは欲しいし
(女将!! ↑ここ重要)
夜毎の美味い酒とアテは止められないし
給料だけを頼りにしてくれる人も居るし・・壁|_・)
欲を捨て切るには出家でもしなきゃネエ
太井メにはまんず・・・無理な話でした 
 
(=∩ω∩=ゞエヘヘ♪



(´・(ェ)・`)~~hutoi

静寂の瞬間

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日の出の時刻が大分遅くなった。朝目覚めてもあたりはまだ薄暗い。ストーブを点けようかどうしようかと一瞬迷うほどこの二三日の気温は高い。時刻は6時30分、日の出前の静寂のひとときが好きです。
 

静寂の瞬間
 
「和敬静寂」(心をやわらげ、互いにうやまいあい、心清らかで、何事にも動じない姿)千利休が茶の湯の心得を説いた言葉です。
集団になると多くの場合、力の強い者に引きずられる傾向にあります。弱者はへつらい、我慢し、あきらめることで集団になじもうとします。強者も気を許すと何時立場が逆転するかもしれません。利休は戦国のつわものどもを「茶室」という空間に押し込むことで、このしがらみを解くことに成功しました。
茶室では、持て成す側とそれを受ける側という、立場の違いこそあれ、そこに上下関係は存在しません。平等の場を作ることによって初めて「和敬静寂」を説くことが出来たと思うのです。
しかし利休もやがて秀吉に切腹を命じられます。いつの世でも人間の欲望は尽きることを知りません。
 
互いに争う立場にいても、相手の立場になって考え、認め合うことが出来れば、共感できるものも生まれ、それを通じて互いに理解し合えるようになり、やがてや尊敬の念も生まれることでしょう。しかし日々のしがらみや利権に取り付かれた昨今の「つわものども」には到底無理な話のようです。



(´・(ェ)・`)~~hutoi

掬水月在手

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「水を掬(きく)すれば月手に在り」
元は中唐の漢詩の一節、禅の教えを説く言葉として知られています。誰にでも手に掬(すく)った水に映せば月を手にすることが出来ます。ただ手に水を掬うことを知らなければ月を手にすることが出来ません。同じように仏の慈悲も万物分け隔てなく注がれていますが、それを掬い取る心を知らない人に慈悲は感じることができません。
と、ある本にありました。
 

陽は昇り

月が有り

陽が暮れる
人は本来、事の善し悪しを本能的に察知する能力を持っていると思うのです。悪いことかも?と感じつつ、つい「まっいいか」って事が有りますよね。手の中の水がゆれていると、丸い月は歪んで映ります。ひがんだり、ねたんだり、心が荒れた日々を過ごしていると、本来持っていた善悪の価値基準がだんだんと歪んでしまうのですね。ゆれる月の姿が不思議に思わなくなるのです。
自然と対峙している時、荒れた心が癒される瞬間があります。それを味わいたくて写真を撮っているのかも知れません。
 
有るがままに受け入れ、有るがままに生きる。喧騒とした現代社会では難しいことですが、あこがれる生き方ではあります。
 
今日も陽は昇り、月が有り、陽が暮れました。


(´・(ェ)・`)~~hutoi

2010年9月

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