方言の話の最近のブログ記事


「垂る氷・たるひ」は字の如く「垂れ下がる氷」。つららの古い言い方で、和歌にも数多く詠まれています。
明日から気温が上がるようで、この冬最後の「つらら」の姿になるかも知れません。
 

 
朝日さす 軒の垂氷は 解けながら
などかつららの むすぼるるらむ
源氏物語・末摘花
 

 
雲の上に さばかりさしし 日影にも
君がつららは とけずなりにき
藤原公成(ふじわらのきんなり)
後拾遺和歌集622
 
つららはあれほど容易く溶けてゆくのに、なんで貴女の心はなかなか解けないの?
あの手この手で口説いて見ても、なかなか振り向いてもらえなければ、ついつい愚痴の一つも出ますわなぁ。
 

カヤ囲いから垂れるつららを見て斎藤茂吉を思い出した。
 
ひさしより 短(みじ)か垂氷の 一ならび
白きひかりが 滴(したた)っている
 
何とも素直で単純明快な言葉使いの妙味。好きな歌の一つです。
 

 
ツララの方言を検索したらたくさんありますねぇ。
ほだれ、ぼおだれ、ぼんだら、たろんぺ、かねこおり、かなんこりん、たろひ、たろぎ、あめんぼう、こうりんぼう、しみざえ、もいがんこ、すまる・・・どうやら種類の多さでは一二を争うようです。
 
幼少のみぎりは「かねっこおり」と言っていたような気がしますが、定かではありません。
 
 

太井メでした L(^o^ve)




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 ブナ林を後にして土道の林道をひたすら下ります。歩調に合わせヘソの上でカメラが調子よく弾むのを感じながら「お腹の事を幼児語でポンポンって言うのはこの事だなぁ」などとバカな事を考えながら、只々ひたすら歩きます。毎日このくらい歩けばお腹の丸みも少しはねぇ・・・(^^)


林道を下る
 周りが杉林で視界が悪く、一行の口数も少なくなって来ました。今まで気にも留めなかった熊避けの鈴がヤケに気に成り、仕舞った筈なのにまだ鳴っております。なんと同じ鈴の音を持つ人がもう一人が居りました(- -;)

戸土の道標
 戸土(とど)集落の上に道標が立って居りました。観音様だろうか?穏やかな良いお顔をしています。塩の道では浮き彫りの文字は珍しいのだそうで「左ハゆみち」「右ハよこ川」と彫ってあります。左は湯道で小谷温泉へ向かう道。右はアワ峠を越え横川に至る道だそうです。
 女将のブログで此処を「ワカサレブンド」と呼ぶのだと知りました。例によって写真に夢中で聞き洩らしたようです(^^;)
 「ワカサレ」は分岐点の「分去れ」の事のようですね。この辺の方言では分かれる所を「ワカサレット(分去れ所)」。高山の険しく切れ込んだ場所を「キレット(切所)」。前方を「マエド(前所)」。村外れに有る屋号に「ハシド(端所?)」なんてのも有りますから、「ブンド」は分かれる所「ブント(分所)」が訛ったと考えても良さそうですが、もしかしたら「ブンドウ(分道)」かも知れません。
旅は道連れと辛い坂を一緒に登って来た道中仲間が
ここで別れを惜しみ拝んだ姿が目に見えるようでした

臭木(クサギ)
 途中で面白い姿をした見慣れぬ実を見つけました。帰って調べるとどうやら臭木(クサギ)のようです。葉に臭気があるので名が付いたと有りますが、気が付きませんでした。果実は「常山の実」と呼ばれ青緑色の染料に用いたそうです。背が高く手繰り寄せて片手で撮りましたが、太井メの左手が初お目見えとなりました 壁|^;)V

次回はいよいよ最終地点の戸土(とど)集落へ到着です (^^)ノ~~
 
追記2009/01/25
角間池のルリトンボさんに誤記を指摘され気が付きましたが「アワ峠」を「アワガ峠」と間違えておりました。「あわ峠(安房峠)」が正式名称だそうで早速訂正させて頂きます。ルリトンボさんありがとうございました。
(´・(ェ)・`)~~hutoi
 

 この独特のスタイルをした昆虫を、知らない人は先ずいないだろう。小首を傾げた顔を見ていると、思わず笑ってしまうほど愛嬌がある。よくよく見ていると、せせら笑っているようでもあり、腹が立って首筋を掴んで捕まえると、両手を合わせて許しを請う仕草をする。祈りを連想させる姿から「おがみ虫」と呼ぶ所があり、英名でも「Praying mantis(祈り虫)」と名付けられている。尾張地方には「オガマナトウサン(拝まな通さん)」なんて洒落っけたっぷりの呼び名まであるのだ。

 世界の多くの民話や伝説の中に登場しているようで、そのおおかたの役どころは"善玉"の扱いのようだ。しかし日本では毒婦の代名詞で使われることもあり、五月みどりの「かまきり夫人」なんて映画もあった(ソウダ)^ ^;;


オオカマキリ
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オオカマキリ

 カマキリは目の前で動く物は、何でも餌と見なし捕食行動をとる。雌の方が大きい所為か、交尾行動中には雄がしばしば餌食となる。それが女が男をダメにするという、悪いイメージへとつながった。近年の研究では、運動神経の鈍い雄が稀に餌食になるだけで、多くは素早く雌の背中に乗り、交尾が終わるとサッサと逃げるようだ。

昨年のカマキリの巣
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昨年のカマキリの巣

 「巣の高さによってその年の積雪量が解る」と
頑なに信じて疑わない爺さんが昨年話してくれた。


「ことしゃあ(今年は)そんねに(それほど)
おおごと(大変な事)にゃあなるめえ・・・」


毎年10月に入ると此処にカマキリが巣を作る
今年の予想はどうなる事か楽しみである(∩_∩)>

故事成語に「蟷螂(とうろう)の斧」という言葉が有る


斉(せい)の王が馬車に向って前足を上げるカマキリと出会い、御者に「これは何と言う虫か」と尋ね、蟷螂(とうろう)だと知る。「この虫は進むばかりで退くことを知りません」と聞いた王は、「これが人だったら必ず天下の勇者になるだろう」と避けて通った。

「勇者」は何時から「身のほど知らず」
になってしまったのだろう?(^^;)


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
スイカズラ科タニウツギ属
 
緑の中で紅い蕾から濃いピンクへと変化するタニウツギは
よく分枝し群生するので、見ごたえがありじつに豪華です
 

タニウツギの群生
卯の花で知られるウツギは植物分類学ではユキノシタ科で別の種類です。和名でウツギと名の付く仲間のほとんどは、幹に髄があり中空になるので「空(うつ)ろ」のある木から、空木(うつぎ)の名が生まれました。ウツギがウノキになり、その花だから宇之花、更に「ウ」は白兎の連想から卯之花になったようです。
この花が咲き誇る旧暦四月が卯月となり、白と緑のよろいの縅(おどし)が卯之花縅。豆腐の絞りかすも白いので卯之花と呼んでいますね。
 

タニウツギの花
空(うつ)ろのある木で沢筋などの谷間によく在るのでタニウツギ。日本海側の多雪地帯に多い落葉低木です。
見事に映えるこの花は庭木などには最高だと思うのですが、この辺では逆に縁起の悪い花とされています。
太井メも依然お仏壇の花にでもと手折って来て飾ったら、曾婆さんに「このバチアタリめ、ソンナムナァ(そんな物は)サッサト(早く)ブチャアッテ(捨てて)こい」と叱られたことを覚えています。
これはタニウツギの枝を墓印にしたり、火葬の際の骨拾いのハシに使ったり、杖として納棺されていたからですが、今ではこんな風習も減り、知る人も少なくなりました。(こんな方言を使う人も少なくなりました)(^^;)
 
タニウツギなどのスイカズラ科であれば
枝を土に挿しただけで容易に根づきます
墓などの目印にされた枝がやがて根づき
あの世との結界の象徴とされたようです
 
死者の杖や、骨拾いのハシに利用されたのも
こうした考えの延長に有ったのかもしれません



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
まだまだ花の種類は少なく探すのに苦労します。田んぼの横を流れる小川の中に、春の日差しを浴びて梅花藻(バイカモ)が青々と輝いていました。ワサビやセリと共に、天然物を見かけることが少なくなった山菜ですが、清流である証しです。5月下旬頃になれば梅のような白い花を咲かせてくれる事でしょう。
 

梅花藻のあるセギ
こうした用水路をこの辺の方言で「セギ」と言います。今では少なくなりましたが、雪が消えると真っ先に集落全戸が集まって「セギ普請(せぎぶしん)」なるものをしました。
積雪で壊れた個所を修理したり、土砂で埋まった場所を掘り出したりするのですが、急な渓流の多い山間では、水の取り入れ口までが遠く、狭い水路が急斜面を横切っているので、危険も伴います。ましてやコンクリートやU字溝など無かった時代には、苦労の多い作業だったと思います。
「アスコ(あそこ)のトウチャ(父さん)はセギ普請で亡くなってセ」なんて話を子供の頃聞いた記憶があります。
 
二十四節気では春分から清明(せいめい)へと季節は移っています。暦便覧に「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草と知れる也」と示されているように、昔から生気みなぎる明るい清々しい季節として親しまれ、植物の命の成長を注意深く見守っていた様子が伺えますね。
 
一番好きな新緑の季節が近づきつつありますp(*^-^*)q



(´・(ェ)・`)~~hutoi

小谷の方言

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屋根雪を積もるがままにしておいたらツララがだいぶ成長してきた。最近の冷え込みは厳しい。

ばあちゃん曰く「子供たちゃぁへぇ学校へ行ったがズラ?オラホはゲェニしみたが、ウェラトカァ・アンジャねえか?屋根の雪かきゃぁズクナシ・コカナンデ・ナッカラにしとかなきゃミグセエぞ」・・・(0_0;;)

通訳しますと「子供達はもう学校へ行ったんだろ?こっちはえらく寒かったけど、おまえの所は大丈夫か?屋根の雪かきは面倒くさがらずほどほどしておかないと見っともないぞ」・・(学校は土曜休みです)

白馬・小谷は割と標準語に近いのですが、それでも大正生まれのばあちゃんの言葉には方言がふんだんに出てくる。以前子供達に「ラチモネエこと言ってなんで早くエベ(くだらない事を言っていないで早く歩け)」と言って通じなかったと嘆いていた。

以前ホテルの会報に「細井少年(だった頃)の探検記」と言う、子供の頃の思い出話を方言を使って書いていたが、ばあちゃんが生きているうちに書き上げないとと思う今日この頃。
つらら
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(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
稲を天日干しするために、丸木で段組した掛け場を、小谷では「はさ」と呼び、稲を掛ける作業を「はさかけ・はさがけ」と言う。
新潟では「はざがけ」と濁る。白馬から南に行くと「はぜがけ」と言うようだ。女将のブログに「はぜかけ」とあるので、千葉では「はぜかけ」かな?他に「いなき・とうか・おだかけ」などと、呼び方も地方によってずいぶん違い面白い。
山間で干す場所が狭い地域に行くと、立木を利用して五段から六段、更ににそれ以上の「はさ」があった。一時期機械化が進んで見なくなったが、最近の「稲架掛米」の人気でまた復活してきたようだ。
 

稲架掛け一段

稲架掛け四段

ガッタリ
 
子供たちは昔に比べ体格は良くなったが、身体能力に劣る子達が増えている。記憶力はあるが、応用力に劣る。すべて近代化で便利になり、農作業も本業の片手間に出来るようになったが、そのぶん犠牲になったものも多いような気がする。里山は廃れ、ホタルやドジョウ、メダカたちも見かけなくなった。良かったのか悪かったのか?
 
稲刈り鎌での手作業の稲刈り、足踏みの脱穀機、手回し風車でモミガラを飛ばす唐箕(とおみ)、「ガッタリ」と呼ぶ水力精米機。こんな昔の農村風景を復活体験させたら、きっと良い観光資源になると思うなぁ。しかし昔風の農作業は体力勝負だから、爺っちゃん、婆っちゃんだらけの村では無理か。
 
「はさ」には「挟む」の意味があるらしく、稲束を二つに割って挟むように掛けるので「はさかけ」になったのかな?と邪推


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
キク科ヒマワリ属の多年草
名の由来は菊のような花が咲き、根茎が芋に似るから。
 
この界隈では今一番輝いている花。群生していると一瞬ひまわりか?と勘違いするほどに遠くからでも目立つ。小谷の方言で唐芋(からいも)と呼ぶ。といっても中国産ではなく、北米原産。沖縄や南九州で唐芋は「さつまいも」のこと。中国から沖縄や薩摩に渡り「唐芋」と呼ばれ、沖縄から九州に渡ると「琉球芋」。九州から本州に渡って「薩摩芋」と伝来元の呼び名に変化していくのが面白い。
 

カライモ(方言)

菊芋

人間かと思ったじゃんか!!
 
小谷の特産品に「菊の助」という菊芋で作った焼酎があります。癖がなく飲みやすい焼酎です。ぜひお試しあれ。もう一つ小谷の特産品に「こしょう漬」と呼ばれる漬物があります。「こしょう」は胡椒ではなく青唐辛子のことを指す方言です。塩水に数種類の野菜を「こしょう」と一緒に漬け込み、色付けに赤ジソや最近ではボルシチに使うビーツをいれることもあります。野菜はキュウリ、大根、ミョウガなどが多いですが、ここに癖のない菊芋を入れると、色んな野菜のエキスを吸って実に美味しくなります。ピリリとした辛味と、ほど良く発酵した酸味に、カリカリとした歯ごたえはたまらないのです。
 

白馬乗鞍から北アルプスの眺望
 
雨雲かと思ったが、この後消えた。相変わらず暑い日々が続く。紅葉が10月連休に間に合うか心配になってきた。上写真は白馬乗鞍から見た北アルプス。右側の雲に半分隠れたのが杓子岳、尖った山が白馬鑓ヶ岳。天狗尾根から天狗の大下りを下り、不帰(かえらず)一峰・二峰・三峰そして八方尾根がある唐松岳へと続く。不帰三峰がちょうど松の木に隠れて見えないのが残念。他のアングルだと電柱が入る。栂池から見る白馬三山とは大分ちがう。何所に行っても邪魔なのが電線と電柱。何とかならんかなぁ。


(´・(ェ)・`)~~hutoi

白花の萩

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マメ科ハギ属の落葉低木
 
山野草の花が少なくなるにつけ、各家々の庭先の花が目立つようになってきた。お隣の庭の白萩が見事に咲いている。並んで咲いている赤萩は終わりかけだが、もっと早い時期に気がつけば、紅白で見ごたえがあっただろうに残念。この辺の野生の萩はヤマハギが殆どで、園芸種ほどには一遍に沢山の花は付けない。
 

白萩

宮城野萩

山萩
 
秋の彼岸には、萩の枝の皮をむいて箸を作り、「御萩」(おはぎ)に添えてお仏壇に供える。春の彼岸に供えるのが「牡丹餅」(ぼたもち)ですね。ある家に泊めて貰う事になった旅人が「ばあさまや、今夜は「半殺し」にすべえか、「皆殺し」にすべえか」と相談している会話を聞き逃げ出す。という小話があったけど、米のツブツブを残した半殺しが〝おはぎ〟で、全部潰した皆殺しの方が〝ぼたもち〟だったかな?ボタボタと全部つくから「ぼたもち」と覚えたが、記憶が定かではない。秋のおはぎは採り立ての小豆を使った粒あんが美味しいのです。
 
明日は彼岸の入り。23日がお中日、26日が彼岸明け。ご先祖あっての私たちですね。


(´・(ェ)・`)~~hutoi

山菜採り

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小春日和にホテルの中ではもったいない。で、山菜採りに行くことにしました。初心者が同行するので目的を比較的簡単なクサソテツ、通称「こごみ」と決め出発しましたが、途中で味噌を忘れたことに気づき出直し。山菜取りには「何はなくても味噌」です。小谷村某所に車を置き、取り付きの急斜面から道なき道を登ること30分、林の中を抜けるとそこは一面のこごみ畑。のはずが時期が遅く見事なクサソテツ畑が迎えてくれたのでした。
 
同行者たちのブーブー言う声を無視してもう一登り。「ブーブー」の声が「フーフー」に変わる頃、雪消えの遅いなじみの場所に到着して小休止。コゴミが腰を伸ばし始めですが何とか面目躍如です。株には二本以上残すこと、刃物は使わないことなど採り方を教えながらしばらくはコゴミ採りに専念。一背負い採ったところで同行者に今の場所からあまり離れないよう言い残し、ウトブキとウドを採りに一人尾根へ向かうことにしました。少し時期が早かったもののヤマシャクヤクの花にも出会えたことだしまずまずの成果でした。
 
尾根から戻るとまだ一心不乱に採っています。欲に目がくらんだ同行者たちを「荷が重くなって帰りが辛いよ」となだめつつニリンソウの花畑の中で昼食です。採りたてのヤマウドとウトブキに出直し持参の味噌をつけて生かじり。歓喜の声があがります。春を満喫したなんとも贅沢な食事でした。「今度は冷酒も持ってこよう」などと言う不届きな声が出たところで、今日採れた山菜たちの紹介です。
 

小谷村某所

クサソテツ畑

ヤマシャクヤク
 
「トリアシショウマ」方言は(トリアシ)さっと湯がいて炒め物にします。夏になるとゲレンデの中で白い細かな花を付け群生しています。鳥の足に似ていませんか?
 
「イヌドウナ」ヨブスマソウとも呼ばれ方言は(ウトブキ)傾斜のきつい尾根筋(ウト)に生え茎が中空なのでフキに似た山菜と言うような意味でしょう。春の山菜の王様です。滑り安い急な斜面に太いのが群生するので、あきらめきれずに採りに行って滑落した話を昔はよく耳にしたものです。おひたしが一番ですが保存には塩漬け、ぬか漬けにします。生のまま細かく刻み味噌汁の具にしても香が良く美味です。
 

ニリンソウの花畑

トリアシ

ウトブキ
 
「ハンゴンソウ」方言は(ヤマソ)出たての葉が開かないうちは湯がいてしばらく水にたたかせておくと食べられますが、葉が開いたものはアクが強いので塩漬けにして保存食とします。風味は「ウトブキ」よりも良い。秋には人の背丈ほどに延びキリンソウに似た黄色い花を咲かせます。
 
「ミヤマイラクサ」方言は(イラ)軸や葉の裏に取れ易い細かな白いトゲが生えていて、素手で触ると肌に残り独特の痛痒さがいつまでも付きまといます。私は硬めに湯がいてダシ入り醤油に漬けた物が甘味が引き立ち好きですが、おひたしでも風味、歯ごたえ共に良く美味しい山菜です。昔はイラから繊維を取り出し着物を織ったようです。
 

ヤマソ

イラ

ウド
 
ご存知の「ヤマウド」方言も(ウド)採れたての白い部分を信州味噌をつけて生食する。水分たっぷりで風味も最高。もちろん山菜取りに味噌は必需品なのです。青く伸びたものは酢味噌和えが一般的ですが、少し厚めにスライスし一週間ほど秘伝の味噌に漬けたやつと、ウドの皮のキンピラがあれば日本酒の冷酒が格別進みます。作り方を知りたい方はご一泊ください。秘伝をお教えしましょう。私はすでに漬け込んであります。紫米で作った「紫雲」をキーンと冷やして・・・。(続きは明日にして今日は帰ります)
 
 

ミソッコ
「アミガサダケ」方言は(ミソッコ)ナラタケ(モトアシ)と共に数少ない春のキノコの代表。杉林の入口で見かけるこのキノコは毎年同じ場所に生えるようです。二つ割にして火であぶり醤油をつけて食べるのがうまい。ヨーロッパでは高級なキノコなのだそうです。実物は昨夜ウドと共に細井の腹の中です。
心地よい疲れとうまい酒で今朝の目覚めは壮快でしたハハハ。


(´・(ェ)・`)~~hutoi

2010年9月

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