小谷村には古くから糸魚川と信州内陸との交易路であった「塩の道・千国街道」が通っています。
小谷(おたり)の語源は麻の生産地を現す「麻垂(おたり)」からではないかと言われるほど麻の生産が盛んで、日本海から塩や海産物を運んだ帰り荷として、漁網としても利用された麻が重要品目の一つに記録されています。
また小谷の集落上部の日当たりの良い場所には大概広い萱場がありますが、茅葺屋根の補修材料としてもちろん、村の人々は「夏は牛方、冬はボッカ」として「塩の道」の物資運搬にたずさわってきましたので、牛の冬場の餌としても利用され大切にされた場所でした。
昔の小谷の山々には萱や麻の刈り干し風景があちこちで見られたに違いありません。



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