2009年3月アーカイブ
春のポカポカ陽気が一転冬に逆戻り、久しぶりに雪が降りました。この時期の新雪は黄砂を含んでかえって滑りにくいのですが、今日は気温が低く快適な滑走と成ったようです。天気予報でも暫く雪マークが続き、まだまだ十分に新雪が楽しめそうです。
黄砂と言えば世界のあちこちで耕作地の砂漠化が進んでいます。干ばつの影響も多少は有るのでしょうが、過放牧、過耕作、過伐採などの人為的な問題が主原因だそうです。
中国では全耕地面積の三分の一近い土地で砂漠化もしくは植物の退化が進んでいるとのこと。早い時期から黄砂が舞ったのもこうした影響だろうか?
国土面積に対し、どれだけの森林が有るかを示す割合を「森林率(しんりんりつ)」と言うのだそうです。タイガと呼ばれる針葉樹林を持つフィンランドが73.9パーセント、スウェーデンが66.9パーセント、日本が68.2パーセント。広大な熱帯雨林を持つブラジルやインドネシア、マレーシアよりも高いとは以外でした。
ところが日本国内で消費される木材の75~80パーセントは海外からの輸入ですから、自国の森林は殆ど使わずに海外の木材に頼っている事になります。分かり易く例えて換算すると、国民一人当たりで直径30センチの丸太を10メートル以上も毎年消費しているのだそうです。杉の木が30センチの太さに成長するのに40年以上かかる事を考えると、地球規模の森林率減少やアマゾン、インドネシアなどの違法伐採問題も他人事ではありませんね。
ティッシュペーパーの部屋置きを止めたところ、結構クレームがきました。備品サービスと共に残飯や照明、冷暖房など、エコ対策との兼ね合いはとても難しい問題です。
中国では全耕地面積の三分の一近い土地で砂漠化もしくは植物の退化が進んでいるとのこと。早い時期から黄砂が舞ったのもこうした影響だろうか?
国土面積に対し、どれだけの森林が有るかを示す割合を「森林率(しんりんりつ)」と言うのだそうです。タイガと呼ばれる針葉樹林を持つフィンランドが73.9パーセント、スウェーデンが66.9パーセント、日本が68.2パーセント。広大な熱帯雨林を持つブラジルやインドネシア、マレーシアよりも高いとは以外でした。
ところが日本国内で消費される木材の75~80パーセントは海外からの輸入ですから、自国の森林は殆ど使わずに海外の木材に頼っている事になります。分かり易く例えて換算すると、国民一人当たりで直径30センチの丸太を10メートル以上も毎年消費しているのだそうです。杉の木が30センチの太さに成長するのに40年以上かかる事を考えると、地球規模の森林率減少やアマゾン、インドネシアなどの違法伐採問題も他人事ではありませんね。
ティッシュペーパーの部屋置きを止めたところ、結構クレームがきました。備品サービスと共に残飯や照明、冷暖房など、エコ対策との兼ね合いはとても難しい問題です。
参考資料:林野庁統計より
(´・(ェ)・`)~~hutoi
天狗原から見る北アルプスは、里で見る程の広がりは感じられませんが、立体感があってまた好いものです。遠くの木の生えてない白い尾根は八方尾根、その一尾根向こう側が五竜遠見尾根です。尾根の長さが良くわかりますね。
遠く真正面に浅間山を見ながら栂の森ゲレンデを目指して滑走開始です。この写真はヘリツアーの始まる2日前ですので、誰も滑っていませんが、ツアー催行中はパトロールが下見をしますので、滑った跡が付いている筈です。両脇にコース案内の目印の旗も立てて有りますので、コースの外に出なければ迷う心配はありません。
左右にかなり広いこの大斜面はツアー中で一番楽しめる場所でしょう。ゲレンデ整備が機械化されるようになってからは、バックカントリー愛好者以外は、整備されて無い場所を滑走する機会が減って来ていますので、雪の条件によっては一番苦労する斜面かも知れません。右下に栂池自然園の入口が見えていますが、そちらに向かうと沢が有り危険ですので、左側の栂の森ゲレンデ下部を目指しましょう。
大斜面の開放感を楽しんだ後はオオシラビソやダケカンバの樹林の中を、赤い屋根の成城大学の山小屋を目指します。後は小屋下から林道を栂の森ゲレンデ下部へと下るとスキー場に出られます。
これ程の広大なロケーションと変化に富んだ雪質は、オフピステならではの体験で滅多に出来る事ではありません。配布される注意事項を守り、気軽に楽しんでほしいと思います。但し滑走技術の未熟な人は用具を担いで下りて来る破目になりますので、上達してからチャレンジしてくださいね。
(´・(ェ)・`)~~hutoi
天狗原(てんぐっぱら)から新潟県境の頸城(くびき)三山(左から焼山・火打山・妙高山)が見えるのは知っていましたが、裾野がこれほど広い範囲まで見えるとは意外でした。左端に雨飾山の山頂が写っています。
この辺りは樹林限界に近いのでダケカンバやオオシラビソも背の低い細い物ばかりです。柔軟なダケカンバは雪の重みで曲がり雪の下で眠っていますが、何とか大きくなれたオオシラビソの天辺は、厳寒の風雪に晒され風下に傾いています。
白馬乗鞍岳の稜線から吹き上がる雪煙で夕日に光の輪が出来ています。こんな時稜線で太陽を背にすると、ブロッケン現象が起こる事があります。
天狗原入口に有る岩場が雪上に姿を現していたそうです。通年ならばまだ雪の下のはずなのですが、今年は本当に積雪量が少ないのですね。岩場の上には天照大神を祀る白馬岳神社が建てられています。
(´・(ェ)・`)~~hutoi
ゴンドラ中間駅前のヘリポートから5分程で標高2,000mへひとっ飛び。
窓からの雄大な景色に見とれているとアッと言う間に着いてしまいます。右側の樹木の無い所を滑って降るのですが、ゴンドラ乗り場までは14kmあまりのロングコースになり、滑り応えがありますよ。(´▽`;)
天狗原は国立公園でヘリの着陸許可が下りませんので、裏側の少し下部にヘリポートが作られています。
天狗原は国立公園でヘリの着陸許可が下りませんので、裏側の少し下部にヘリポートが作られています。
天狗原までは白馬乗鞍岳の大斜面を右手に見ながら15~20分ほど登ります。天狗原から更に小一時間登坂すると白馬乗鞍岳山頂ですので、ぜひこの大斜面にチャレンジして欲しいですね。雪面に硬い層が出来るサンクラスト(モナカ状態)になっていると、ジャンプターンが出来なければしんどいかもしれません。五月連休でも新雪が体験できる事が有りますので期待しましょう。
天気が良ければ日本海も展望することができます。
(´・(ェ)・`)~~hutoi
「明け方と夜明けの境目は?」と聞かれ一瞬絶句。
調べてみると「太陽が地平線に顔を出す以前から空が明るくなる様子を薄明といい、星がまだ見える状態の薄明を「明け方」、星が見えなくなり十分に空が明るくなった段階を「夜明け」とする」のが一番解り易そうです。
夜明け・明け・朝ぼらけ・黎明(れいめい)・彼誰時(かわたれどき)・曙(あけぼの)・炎(かぎろい)・東雲(しののめ)等々、日の出前の時間帯を表す言葉はまだまだありそうですが、使い分けるには境目が曖昧でかなりの感性が必要な気がします。
薄明の移り行く様子を表現した言葉も多く、ほのぼのと明けるので「あけぼの」、朝がおぼろ(うっすら・ぼんやり)に明けるので「朝おぼろあけ」から「朝ぼらけ」に転訛しています。
「朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに
あらはれわたる 瀬々(せぜ)の網代木(あじろぎ)」
あらはれわたる 瀬々(せぜ)の網代木(あじろぎ)」
あかつき(暁)も「あかとき(明時)」から転じた言葉で、家人に見つからぬよう暗いさなかに男が去って行く様を「あかつきの別れ」などと表現しています。
「有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし 」
両歌共「小倉百人一首」より
たとえ一時でも恋しい人との別れが切ないのは何時の時代も同じですが、通い婚の風習があった時代では尚更だったに違いありません。明け方の惜別の恋歌が多いのも頷けます。
【おまけ】
明け方暗い時刻で相手の顔が見えず思わず問いかけます。「彼は誰(かはたれ)??」で彼誰時(かわたれどき)。夕方薄暗くなって誰が誰やら区別が付かなく成って来ると「誰そ彼(たれそかれ)??」で黄昏時(たそがれどき)\(*^^*)/
(´・(ェ)・`)~~hutoi
「しののめ」は篠(小竹)で編んだ明かり取りの「篠の目」から転じ、夜明けの薄明り、更には夜明けそのものを表すようになった。と以前も紹介しましたが、「しののめ」を東雲と書くのは当て字なのだそうです。
日の出前のこんな景色に出会うと、東の雲と書いて「しののめ」と読ませたい気持ちが良くわかりますね。
しののめの ほがらほがらと明けゆけば
おのがきぬぎぬ なるぞわびしき
古今和歌集より
「ほがら」は「朗らか」と同意語だそうですが、「ほがらほがらと明けていく」と言う表現に、ゆっくりと名残惜しげに明るく成って行く情景が読み取れて、当時の人の情緒豊かな感性と言葉使いの巧みさに改めて敬服します。
(´・(ェ)・`)~~hutoi
日の出前の時間帯は「あけぼの」「あかつき」「あさぼらけ」「しののめ」など色々な言葉で表現されます。
ご存じ清少納言『枕草子』の冒頭「春はあけぼの やうやうしろくなりゆく 山ぎは少しあかりて 紫だちたる雲の細くたなびきたる・・・」
「あけぼの」の移り行く一時が良く表された一節で、覚えている人も多いでしょう。「ほのぼのと明ける」ので「あけぼの」ですね。
ご存じ清少納言『枕草子』の冒頭「春はあけぼの やうやうしろくなりゆく 山ぎは少しあかりて 紫だちたる雲の細くたなびきたる・・・」
「あけぼの」の移り行く一時が良く表された一節で、覚えている人も多いでしょう。「ほのぼのと明ける」ので「あけぼの」ですね。
「ひむがしの 野に炎(かぎろひ)の 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ」 万葉集で柿本人麻呂は「朝ぼらけ」の地平線が明るくなって行く様子を「炎(かぎろひ)」と表しました。
「朝ぼらけ」も元々は「朝おぼろあけ」から転じた言葉で、おぼろ(うっすら・ぼんやり)に明けて行く朝を表しています。
「朝ぼらけ」も元々は「朝おぼろあけ」から転じた言葉で、おぼろ(うっすら・ぼんやり)に明けて行く朝を表しています。
「あかつき」は「あかとき(明時)」から転じたもので、昔はまだ薄暗い「未明」の頃を指したそうです。通い婚の風習があった時代に、家人に見つからぬよう暗いさなかに男が去って行く様を「あかつきの別れ」などと表現しています。今は空が白み始める「明け方」を指すようですね。
「しののめ」は篠(小竹)で編んだ明かり取りの「篠の目」から転じ、夜明けの薄明り、更に夜明けそのものを表すようになったのだそうです。「篠の目」の細かい網目から洩れる明りに喩え、山の稜線が細く白む頃を「しののめ」とする説もお気に入りです
(´・(ェ)・`)~~hutoi
週末は穏やかな天気になりました。二十四節気では空からの贈り物も雪から雨に替わる雨水(うすい)に入っていますが、週間天気予報では雪マークが続いており一安心。雪国の3月はまだまだ冬シーズンですが、別称の弥生(やよい)と聞くと春を感じます。
「あづさ弓末野の草の弥生(いやおい)に春さへ深くなりぞしにける」
〈新撰六帖・1 衣笠家良〉
昔は弥生(いやおい)と言われていたんですね。弥(いや)は「いよいよ」とか「ますます」の意があり、草木が芽吹きだんだんと生い茂って行く月を表しているのだそうです。
日当たりの良い沢には一足早い春が来ていました。
28日の宿泊者カードのチェックアウト日を29日としてある物を複数発見。かく言う太井メが予約を受けたカードにも同じ間違いが・・・(>_<)
(´・(ェ)・`)~~hutoi



















