懐かしの色合い「八方尾根のケーブル」

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以前紹介した古い絵葉書の中に八方尾根のケーブルが有りましたのでご紹介。
八方尾根にケーブルが掛かったのが1958年(昭和33年)12月。1983年(昭和58年)に八方尾根ゴンドラリフト「アダム」に架け替えていますので、25年間の活躍でした。葉書のケーブルは塗装の錆びれ具合から、後半期の物のように見えます。
 

八方尾根のケーブル
栂池スキー場の発展は、1948年(昭和23年)に川内下駅(現白馬大池駅)が完成してから始まります。駅が出来ると山岳スキーを楽しむ人が集うようになり、川内地区の民家に宿泊する人達が増えてきました。
やがて川内地区の人達が鐘つき堂地籍(今の鐘の鳴る丘)の萱場を刈り払い「鐘つき堂スキー場」を作りますが、周りにはリフトは勿論宿泊施設もありませんでした。

初めてスキーリフトが掛かったのが1960年(昭和35年)。この絵葉書の発行元の白馬館がロッヂ建設と共に、スキー場経営を開始します。鐘つき堂スキー場は「白馬大池スキー場」と改名されました。

翌々年には白馬観光開発も上部のスキー場開発に参入し「栂池スキー場」と改称されました。栂池ゴンドラリフト「イブ」が栂の森まで完成したのが1982年(昭和57年)。
栂池自然園へのロープウェイが運行を開始したのが1994年(平成6年)でした。
 
八方ケーブルが開設されてから今年が50周年。今シーズンは「ありがとう八方50年」のイベントが各種あるようですね。



(´・(ェ)・`)~~hutoi

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このページは、hutoimeが2008年12月15日 16:35に書いたブログ記事です。

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