2008年5月アーカイブ

稚児百合(ちごゆり)

| トラックバック(0)
 
ユリ科チゴユリ属の多年草
 
日本各地の少し標高の高い林床に自生します
首を垂れた茎頂に1~2個の白い花をつけます
 

チゴユリの花
花はユリと同じ構造ですが球根は作りません
ナルコユリやホウチャクソウとも同じ仲間です
同類中最も丈が低く10cm程でも花をつけます
「稚児」は姫と同じで小さい事を現しています
 

チゴユリの群生
薄暗い林の中に咲く稚児百合の群は
淡い月明りで遊ぶ妖精たちの舞い姿
 
うつむき加減の一花に母の面影が宿り
そこはかと無く優しさが漂ってくる
 



(´・(ェ)・`)~~hutoi

躑躅(つつじ)

| トラックバック(0)
 
小谷中学校の校庭に色とりどりのツツジが咲いていましたのでご紹介
(名前は解りません \( ̄~ ̄)/ オテアゲデ~ス)

ツツジは全国各地で見ることの出来る花ですが
温暖な地ではミツバツツジが3月から咲き始め
新緑のころにはヤマツツジや園芸種も咲き揃い
6月咲くサツキまで含めると花期の長い花です
 

オオムラサキツツジ?
分類学上のツツジ科は非常に種類が多くお手上げです。ツツジ属は大まかにはツツジとウスノキの仲間に分けることが出来るそうですが、サツキやシャクナゲも含まれており、古くからの日本の分類方式と違うので更に難解です。ただ一般で言うツツジの仲間は見るとだいたい判りますよね。
 

白色のツツジ
万葉集には「ツツジ花」「石・石上(いは)ツツジ」「白(しら)ツツジ」「丹(に)ツツジ」などと歌われています。ふつうツツジは岩の上には生えませんので「いはつつじ」はサツキの事かもしれません。野生の白花にはヤマツツジなどの色変りを除けばシロヤシオ(ゴヨウツツジ)しかありません。丹は赤のことで山ツツジのようです。万葉人はすでにツツジに注目し栽培も始めていたようですね。
 

黄色のツツジ
ツツジと言えば奈良県御所(ごぜ)市の葛城山(かつらぎざん)に咲く山ツツジの群生を見て、山火事と間違え大渋滞になった逸話が有名です。長野県ではツツジの群生と言えばオレンジ色のレンゲツツジを指す事が多いのですが、このレンゲツツジには毒があって注意が必要です。
 

レンゲツツジ
昔中国でツツジを食べた羊が毒に当たって動けなくなり、この羊の「足踏みして・もがき・うずくまった」様子を、躑躅(てきちょく)という文字で表わしツツジにあてたのだそうです。日本では花が連なって咲く「つづき」から転化して来たという説がありますが、万葉集には「つつじ」を管仕・管士・管自などと書かれていますから、花の形の「管(つつ)」に関係ありそうな気もします。
 

クロフネツツジ
栂の森から栂池自然園の間では高山型の赤紫色のつつじ「ムラサキヤシオ」が見られます。栂の森では6月上旬から。ロープウェイ線下では6月中旬。自然園内では6月下旬頃から咲き始めます。
 

ムラサキヤシオ
 
園芸種に吉野ツツジと言う有名な花があるそうで
ツツジと中国のシャクナゲとの交配種だそうです
上の黄花と白花は花先が切れ込んでいますので
シャクナゲ類との交配種ではなかろうか (゚ペ)?



(´・(ェ)・`)~~hutoi

林の中で見かけた花たち

| トラックバック(0)
 
林の中の花たちは白い小さな花が多く
普段見過ごしがちだがなんとも可愛い
控え目で清楚な感じのする花たちには
強い太陽の光よりも木漏れ日が似合う
 

シャガ
射干(しゃが)アヤメ科アヤメ属の多年草
 
日陰によく耐え人家近くに群生する。アヤメの仲間にしては珍しく一日花で、淡い花色が優しく「美人薄命」の言葉がピッタリ来る。本来の中国名の射干(やかん)は観賞用に栽培されている檜扇(ひおうぎ)のことで、檜扇の黒い実は「射干玉(ぬばたま)」として万葉集にも数首詠まれている。葉の形や付き方が似ているので間違って射干(しゃかん)と命名され、やがてシャガに転訛してきたとの説がある。

クルマバソウ
車葉草(くるまばそう)アカネ科クルマバソウ属の多年草
 
葉は光沢があり6~10枚が3~4段で輪生しているのが特徴。日向でよく絡み付く雑草のヤエムグラに似ているが、クルマバソウの茎にはトゲが無い。この葉を押し花にすると良い香りを放つ。名前に「車」の付く植物の多くは、葉や花の形を御所車の車輪に見立てている。

サワハコベ
沢繁縷(さわはこべ)ナデシコ科ハコベ属の多年草
 
ナデシコの仲間は花弁の先が切れ込み葉が対生する物が殆んどで、このサワハコベは花先の凹みが浅く花柄が長いのが特徴。林の中の湿った場所を好み、横に這うように茎を伸ばす。長い柄の先に白い小さな花を一つだけ付けた様子は、か弱さの中にも気品を秘めた立ち姿だ。ハコベはハコベラで、はびこる(栄える)からとの転訛説があるが、何処でも良く栄えるから春の七草に選ばれたのだろうか?
情感の含まれた言葉使いは難しい
受け取る側の感性に左右される
可憐は少女で優雅は淑女??
清楚は乙女で妖艶は熟女(^◇^;)
 
木陰と形容すると明るく涼しげだが
日陰だと暗いジメジメした感が否めない
 
「日陰の花」をお妾さんで想像するのは
太井メの無意識の羨望だろうか(^^ ♪



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
名前は知ってるけど花を見たことは?
と思われる今花盛りの木花をご紹介
 
桐(きり)ゴマノハグサ科キリ属の落葉高木

キリの花
日本で最も軽い木で耐熱性に優れ、金庫の内張りやタンスに利用されて来ました。平安時代、紫は高貴な色とされ、宮中にも植えられたそうです。豊臣秀吉の紋「五七の桐」は有名ですが、今は日本国政府の紋章に成っているって知らなかった・・・(0_0;;)
硬貨は絵柄の有る方が表だって事も意外に知らない人が多いかも。数字が書かれている方が裏。
 
栃の木(とちのき)トチノキ科トチノキ属の落葉高木

トチノキの花
パリの並木で有名なマロニエは西洋栃の木。トチのハチ蜜は最高級品ですね。円錐状に立ち並ぶ花は強い香りを放ちます。実は縄文時代の主食の一つで、以後も凶作や飢饉に備える大事な保存食でした。強い渋は流水に一週間ほどさらして抜きますが、なかなか捨てがたい味です。小谷の名産品に栃餅(とちもち)があります。
 
黒文字(くろもじ)クスノキ科クロモジ属の落葉低木

クロモジの花
高級楊枝として知られていますが、林の中に生えることが多く普段はあまり目にしません。クロモジ油を含む木は近づくとさわやかな香りがします。昔は先を細かく砕いて歯ブラシにしたり、お歯黒を塗るのに使ったようです。名の由来はこの黒い楊枝から転訛した説や、若木の木肌が黒い文字を書いたように見える説などがあります。花はロウ細工のようでなかなかの物です。
 
バラ科リンゴ属の落葉小高木

小梨(こなし)の花
上高地の河童橋近くの平地を小梨平(こなしだいら)と言いますが、コナシは方言で一般的には「酢実(ずみ)」で知られています。字の如く酸っぱい赤い実ですが、霜が降りると甘味が増します。太井メは熟した実を食べると、少し粉っぽいから「粉梨(こなし)」とばかり思っていました。
 
柿や栗、クルミにぶどう、ドングリなどなど
実は知っていても花はあまり注視しません
よく見ると意外に奇麗な花だったりします



(´・(ェ)・`)~~hutoi

一人静(ヒトリシズカ)

| トラックバック(0)
 
センリョウ科チャラン属(センリョウ属)の多年草
別名:ヨシノシズカ・マユハキソウ

 
静とはご存じ源義経が愛した静御前のことです。義経と吉野の山奥で別れた静は、源頼朝に捕らえられてしまいます。静は白拍子、今で言う一人で歌って踊れるエンターティナーでしたから、鶴岡八幡宮へお参りに行く頼朝に同行し、そこで舞うように命じられます。
妾の身であった静にとっては、目立つ場所で踊る事は恥辱でした。再三断るのですがとうとう舞台に上がることになります。やがてこの評判が人々に伝わり当日は大観衆になってしまいました。屈辱をこらえ一人慄然と舞う姿とその美しい声に、多くの人々が感嘆したのでした。
その後で頼朝と交わした歌が有名な「吉野山 峰の白雪ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」ですね。もう一歌が「しづやしづしづのをだまき・・」義経の栄華を懐かしみ頼朝を諭す歌。本来なら幕府の繁栄を祝う歌でなければならないはずが、義経を慕う歌だったために頼朝の機嫌を損ねてしまうのです。妻の政子のとりなしで何とか無事に済むのですが、すごい勇気だったと思います。
 

ヒトリシズカ
名前だけは聞いた事の有る人が多い中で、実物を見た人は意外に少ないんじゃないだろうか?林の中で咲くこの花は群生する事が多いのですが、出始めは全体が赤茶けた色合で背景に溶け込み、意外と見つけ難い花です。葉が開くより先に花を付けますが、直ぐに大きな緑色の四枚葉に囲まれるようになり、写真で良く見かける花とは別種の様になります。一人静かに咲く訳では無く、花も奇麗と呼べるほどの物ではありません。命名者は静御前の一人舞の物語に、いたくご執心だったようです。
 

フタリシズカ
一人静と同じ仲間にフタリシズカと呼ばれる花があります。「神事のための菜を摘みに行った女に静御前の霊が取り付き、菜摘女が踊る横で静の霊もまったく同じ様に踊る」と言う内容の、能の「二人静」に由来しています。この命名者もまた静御前がお気に入りのようでありました。
 

2~5人静??
どの種族にも異端児はおりまして、この二人静は二本から五本、あるいは一本の花しか咲かせない物があります。一人静との違いは容易で、花が丸い粒状になっています。まぁ亡霊と踊るわけですから、花の本数が違うのも頷けるような気がします。
 
悲恋の物語はなにゆえ時代を問わず人の心を強く捉えるのだろう
若き日の恋に焦がれた時代へと思いを運んでくれるからだろうか
平凡な現実に波風立てられない常識に反する憧れからだろうか
 
恋情の熱は永遠でない事を知る故だとは思うのですが
太井メには最早、縁遠い話になってしまいました (^^ ♪



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
早朝散策の最終地点「牛方宿」の在る場所は「沓掛(くつかけ)」と呼ばれている。各地に沓掛と呼ぶ地名が残るが、多くは急坂の取っ付きや登りきった所にあり、履き潰した沓を木の枝や石像に掛け、感謝と道中の安全を祈った場所でもある。
 

白衣観音と地蔵菩薩
 
牛方宿の在る沓掛も、親坂(おやざか)と呼ばれる急な坂道を登りきった所にある。当時の輸送は人や牛馬に頼らざるを得ず、農閑期の農民にとっては良い副業だった。記録によると入り荷は海産物や塩が主で、越後向けには大豆やたばこ、生薬が上位を占めている。たばこや大豆は小谷地方の土地に適しており、生薬は白馬・小谷の特産品とも言える産物であった。
 

親坂風景
 
日本海から小谷村への道は、山坂峠越えが多く、険しく狭い山道が多い。こうした場所での輸送は、馬よりも重心が低く、爪の割れた牛の方が強い。狼もいた頃だったから臆病な馬よりも、闘争本能の強い牛の方が役に立ったようだ。牛の背中に振り分けて二表(一駄)約120キロの荷を運んだと記録に残る。一人前の牛方は6・7匹の牛を追ったと言うから、さぞ壮観だった事だろう。親坂の途中には、大人の腕が楽々入るほどの穴の空いた、大きな石が残っている。「牛つなぎ石」と呼ばれ、こうした牛たちを繋ぎ止め休んだ場所だと言う。
 

牛つなぎ石
 
途中少し平らな所に「錦岩(にしきいわ)」と呼ばれる大きな岩がある。ちょうど陽が射しこむ場所にあり、天候や光の加減で岩肌の色が変化すると言う。果たして急坂を無心に登り降りするボッカ達にとって、心安らぐ風景だったであろうか。
 

錦岩
 
雑木林を抜けた上り坂も終点近くに、水の湧き出している場所がある。「弘法の清水」と名付けられた水飲み場で、二つの石舟が置いてあり、低く据えられた方は自然石を掘った物で、牛馬用だったと言われている。
 

弘法の清水
 
ボッカ達の渇き切った喉にとっては
弘法さまから授かった甘露の水だったに違いない



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
スミレ科スミレ属の多年草
 
日本の主なスミレの仲間は50種ほどあるそうですが、変異や色変りが非常に多く、学名として認められている物を数えると、250種を超えるのだそうです。種としてのスミレは一種類で、根元がくびれた丸長い葉と紫の花でよくご存じと思います。ツボスミレの仲間も日本各地に分布し、茎を伸ばして立ち上がる姿が目立つ良く知られた花です。
 
スミレの仲間は茎の有無から大きく二分すると見分け易いです
一つはタンポポのように地面から直接花や葉が出て来るタイプ
もう一つは花を咲かせてしばらくすると茎が伸びてくるタイプ
スミレやノジスミレは前者、ツボスミレなどは後者になります
花を咲かせると大きく茎を立ち上げるのが「タチツボスミレ」
 

ニョイスミレ 別名:ツボスミレ
坪は建物や塀に囲まれた庭や宮中までの道端を指したようです
どんな所にでも生え庭でも良く育つところから「ツボスミレ」
現在では「ニョイスミレ」と呼ぶことの方が多いようですが
ニョイはお坊さんが説法をする時に持つ「如意」を指します
花柄を長く伸ばし花を付ける姿がこれに似るので「如意すみれ」
茎を立ち上げる仲間の中では一番小さく、白い花を咲かせます
 

ミヤマツボスミレ
名の由来もさまざまで平安の頃からスミレと呼ばれていたようです
万葉集に「春の野に須美禮(すみれ)摘みにと・・・」と歌われており
解説書の多くは美しい女性の事を暗示しているようだとしています
山菜としてもよく利用され「摘みれ」からの転訛との説もありますので
美人が摘んでいる姿などと絡めて愚説が出来ると面白いのですが
 

タチツボスミレ
スミレの後側の尻尾のように尖った部分を距(きょ)と言います
ここが材木に線を引く墨入れ(墨壷)の端の部分に似ることから
「墨入れ」から「スミレ」に転訛したと言う説が発表されました
しかし万葉の頃に墨入れが果して有っだろうかと疑問視され
一時この説に否定的な声が上がり、諸説が入り乱れました
後に正倉院の御物から奈良時代の墨入れ壷が発見され
一部距に似ている部分もあり今はこの墨入れ説が主流です
 

タチツボスミレの白花
パンジーの仲間は一年草ですが、スミレの仲間の多くは多年草です。しかし花後に種を付けなかったり、花が終わった後に種の入った袋が出来てきたり、種にアリの好む物質が付いていて、アリに種を運ばせたりと不思議なことが多く、興味の尽きない植物です。
 
今回初めて知ったのですがスミレ科の半分は樹木で
スミレ属の草花だけでも400種以上もある (0_0;;)
日本自生の50種でさえ覚える自信はありませんから
何時もの如く「・・・の仲間」で良しとしましょう (^^ ♪


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
メギ科イカリソウ属 別名:三枝九葉草(さんしくようそう)
 

イカリソウ
早春の山地や林間の斜面で葉に先だって花を付ける
花の形が特徴的でイカリの様に見えるのでこの名がついた
イカリソウは意外に古く平安初期の文献に名前が登場する
また花形の珍しさと美しさ故か観賞用としても栽培されてきた
 

キバナイカリソウ
枝が3本に分かれその先に更に
3枚の葉が付く事から三枝九葉草とも言う
中国では薬草として古くから利用され全草に薬効がある
老酒に三日程浸した薬用酒が仙霊脾酒(せんれいひしゅ)
漢方の淫羊霍(いんようかく)と共に強壮・強精薬とされる
この草を食べた中国の淫らな羊の伝説もあるが(^^オシエナイ
小林一茶が愛飲したナルコユリ酒と併用したら
バイアグラも真っ青か・・?・・(*´人`*)イカンイカン
 

イカリソウの白花
山間の道路は道幅が狭いので、対向車には気を使うものですが、すれ違いが出来ない状態で車を止め置き、撮影に夢中になっている輩がいた。もう少し先に広い場所があるのにと思いながら声を掛けると、悠然と「おや通れなかったかい?」ってアナタ(#+_+)
「こんな所にまで車が来るとは思わなかった」との返答には、開いた口が開きませんでした。ヾ(^^ )チガウチガウ
50万円以上はすると思われる道具をご持参で、いったいどんな写真を撮るのか見てみたい気もしますが・・・・グハ!(゜o゜(☆○=(-_- )ゲシッ
 

「3月にマイカーでスキーに行ったが、雪に降られて酷い目に有った。チェーンを持参するようにとの注意は何処にも掲示して無いじゃないか」。とお怒りの方がおりました。3月はまだ冬で・・・?( ̄□ ̄;) 
過去には5月連休に雪が降ったこともありますので、次回は念のためチェーンはご用意くださいね。ってしかしそこまで面倒見にゃいかんのかと・・・(_ _;)
 
こんな公の場で不満をさらけ出すようじゃ
まだまだ修行が足りんと言われるだろうが
 

本当に「イカリソウ("▽"*) キャハ


(´・(ェ)・`)~~hutoi

 遅咲きの桜

| トラックバック(0)
 
雪消えの遅い所では遅咲きの桜がまだ楽しめます
標高1900mの栂池自然園では6月下旬に桜が咲き出すのです
 

遅咲きの八重桜
山野草を探してドライブしていましたら突然目の前に桜が
豪雪の地で主人の居なくなった庭先には勿体無いほどです
椿は花を落し出番を待つレンゲツツジの花芽が膨らんでいます
以前の住人が木花を好んで植えていた様子が伺える庭でした
 

塩の道・前山百体観音
「塩の道・前山百体観音」の八重桜は散りかけていました
西国三十三番・秩父三十四番・坂東三十三番の札所になぞらえ
百体の観音像を建て供養した場所ですが今は八十数体を残すのみ
伊那高遠の石工が作った石像は弘法像を囲むように並んでいます
役目を終えた桜の花びらを優しく受け止め微笑んでいるようです
 
栄枯盛衰は世の常ですが
豪華な八重桜が反って哀愁を誘いますね


(´・(ェ)・`)~~hutoi

霊松寺(れいしょうじ)

| トラックバック(1)
 
大町市の霊松寺のドウダンツツジが見事だと言うので行って参りました
曹洞宗の禅寺としては最初に信濃国で開かれたお寺だそうです
またここのご住職が明治初期の廃仏運動に強く抵抗したおかげで
北安曇地方の多くの寺が廃仏を免れたのだとも聞いております
 

霊松寺山門
 
真っ先にツツジの花の色鮮やかに目を奪われました
かやぶき屋根の山門は県宝に指定されているそうです
境内に植えられたドウダンツツジは100本程あるようで
最近上の鐘突き堂周りに更に100本植樹されたそうです
 

たわわに咲くドウダンツツ
 
樹齢は80年程だそうですが、それにしては大きいです
背丈の倍以上は有るドウダンツツジが満開でした
栂池自然園のヤセ尾根にも太い物がありますが
よほど条件が良いのでしょうこれほどの花付きは初めてです
 

山門から本堂を
 
ドウダンは枝ぶりが燈台(燭台:しょくだい)に似るからとか
花が山人が腰に下げた皮の袋・胴乱(どうらん)に似るから
など多くの転化説がありますがどうもはっきりとしません
花よりも真っ赤に色づく紅葉の方がよく知られているようです
 

ドウダンツツジの大木
 
ここのドウダンツツジはこの辺では一番色濃い紅葉で有名です
また山門横の「オハツキイチョウ」は大町市天然記念物指定です
葉と一緒に銀杏が付く珍しいもので安産のお守にするそうです
 
平日午後のせいか人はまばらでした
霊松寺は秋の方が知られているのかもしれません


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
ケシ科キケマン属の越年草(別名ヤブケマン)
 
新緑が色濃くなり田んぼに水が張られるようになると
道端の湿った場所で小さな群落を作って咲き出します
 
たまに石垣の間などで一本だけ咲くのを見かけます
よくもこんな所で頑張ってと褒めてあげたくなりますが
種子に付いている小さな白い冠がアリの好物らしく
どうやら一緒に運ばれる途中で種だけが落ちたようです
 

ムラサキケマン
華鬘(けまん)とは仏殿や仏像の胸元などを飾るもので
連なってぶら下がったウチワ形の装飾品を言います
元々はインドの女性達が本物の花びらを糸でつないで
首や体に巻き付けていたアクセサリーの様な物でしたが
しだいにこの花びらのケマンで仏様や仏殿を飾るようになり
やがてハスの葉や花鳥を描いた飾りとへ代わって行ったようです
 

人参の葉に良く似た柔らかな葉は美味しそうですが
全草にアルカロイドを含む毒草とありますのでご注意を
 
中国渡来の華鬘草(ケマンソウ)は花の形が華鬘に似ていますが
ムラサキケマンやミヤマキケマンの花はどうにも似ていません
華鬘草と同じケシ科の仲間ですからこの名を頂いたのでしょう
園芸店や庭先で見かけるケマンソウは写真がありません
そのうち撮る機会を見つけてここに追加したいと思います
 

ミヤマキケマン
早春に逸早く目立つミヤマキケマンの方は
淋しい土手を賑わす華やかさはあるのですが
独特の悪臭を放ちとても食欲は湧きません
こちらも調べてみると毒草のようです (>_<)
 
やはり見た目だけの即断は危険なようですね
いや貴女の事ではありませんよ (^^)ノ~~


(´・(ェ)・`)~~hutoi

勿忘草(わすれなぐさ)

| トラックバック(0)

家々の花壇で最近よく見かけるようになったワスレナグサ
名の由来になったドイツの伝説はあまりにも有名ですね
ドナウ川に流された男性が岸辺に残る恋人にこの花を投げ
最後の力を振り絞って「私を忘れないで」と叫んだと言います
多くの国で「私を忘れないで」と言う意味の命名が成されています
 

ワスレナグサ
歌の中でも忘れな草を題材にした歌詞は結構有るようです
まずは倍賞千恵子さんを思い出すのは年代故に仕方なし
すでに文部省推薦の唱歌の部類に入るかもしれませんね
もちろん尾崎豊の「Forget me not」も良い歌でした
忘れな草の英語名が「Forget-me-not」でしたね
 
キーボードで「勿忘草」が一発変換されるのには驚きました
それだけポピュラーな漢字になっている証しかもしれません
 

ミヤマムラサキ
太井メの好きな高山植物に「ミヤマムラサキ」があります
肉厚な花びらと清楚な色合いがその小ささと相まって
出会うたびに「これが本当の高山植物だ」と感じます
この花はワスレナグサと同じムラサキ科の花で
普通標高2500m以上の高山でなければ見られないのですが
唐松岳稜線の白馬八方尾根では植物の垂直分布が逆転しており
八方池周辺(2070m)で容易に見ることが出来るのです
 

四葉のクローバー
おまけと言っては何ですが
四葉のクローバーを見つけたので
皆さんに幸せのオスソワケ
 
善い事がたくさんありますように (^^)ノ~~


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
親しみを込めて呼ぶ「善光寺さん」の方がしっくり来ます
ホテルからは車で1時間半もあればゆっくり行かれます
長野市界隈はさすがにこちらより暖かく
ツツジやフジ、ヤマボウシなど花盛りでした
 

善光寺本堂
創建以来約千四百年、誰も見ることの出来ない秘仏善光寺本尊(善光寺式阿弥陀三尊像)は、仏教宗派が分離する以前からあるので無宗派として位置づけられています。宗派の別なく誰でも祈願できる霊場だったので「善光寺さん」と多くの人から親しみを込めて呼ばれているのでしょう。
先日オリンピック聖火リレーの出発会場所辞退で物議をかもしだしました。庶民の善光寺さんが何故?と最初は感じましたが、国宝の本堂の柱にカラースプレーで落書きされる事件があったり、アジアに入ってから聖火の周りが中国国旗だらけの異様な光景を見るにつけ、警備の難しい構内では辞退も止むを得なかったのかな?とも思います。
いずれにせよ何事も無くなによりでした。
 

三門(山門)
善光寺さんでは5年がかりで進めていた国重要文化財「三門(山門)」の修復が終わり、二階の仏間への一般公開を約40年ぶりに再開していました。
屋根は、ヒノキの樹皮を重ねる檜皮(ひわだ)葺き(国宝本堂屋根に使用)から、建立当初の栩(とち)葺屋根に復原され、国内に現存する最大の栩葺建造物として甦りました。水に強い木曽産のサワラの板を約18万枚使ったと説明を受けても想像ができません。トチ葺きにサワラの木?と思いましたら、栩葺きはトチの木ではなく、板の厚さを示す工法の呼び方だそうで、最も厚い板を使うのだそうです。
急な細い階段を登った楼内には、山門本尊の文殊菩薩(もんじゅぼさつ)像とその四方を守護する四天王像、色鮮やかに修復された仏間の障壁画、上部の棚には四国八十八ヶ所霊場御分身仏などが安置されておりましたが、残念ながら撮影禁止でした。
 

三門看板文字
最初の門は今は有りませんが三番目の門と言うことで三門(山門)と呼ばれています。ここに架かっている「善光寺」の文字を良く見ると「善」の字が牛の顔に見えませんか?牛にひかれて善光寺参り。意図して描かれたならば、かなりのデザインセンスです。また「善」の上部の二つの点々と「光」の左右二つの点々は、ハトの姿に描かれています。寺にも一羽居るそうですが太井メには確認できませんでした。
ここは鳩の多いことでも有名で、今回も頭をかすめて飛ぶ羽ばたきに叩かれました。三門の改修時に屋根裏から約250年間のハトの糞、トラック五台分が出て来たと聞きビックリです。
 
三門の二階仏間も昔は土足で参拝が可能だったそうです
壁には「江戸○○」などの名前が筆でたくさん書かれています
いずこの時代も性悪な者たちが存在した証です
 
こんな形で名前は残したくはありませんね
 

亀の甲羅干し
「亀の甲羅干し」って本当にするんですね!!


(´・(ェ)・`)~~hutoi

山菜採り

| トラックバック(0)
 
連休中の喧騒も去って、嘘のように静かです。上部の春スキーも6日で終わり、ゴンドラは5月20日まで運休。最後まで残っていたボード狂いの若者達も帰り、淋しささえ感じます。
 
先日山菜を採りに行ってきました。と言っても本格的なものではなく、「チョットソコマデ」でしたが。久しぶりに急登坂をしたせいか、大臀筋が少し痛みます(^^;)
 

コゴミ
しかし・・いやぁ~~癒されました(^^)
雪解けの遅い所なので期待はして行ったのですが、やはりコゴミ(クサソテツ)がまだ少し残っていました。最近は栽培物がスーパーに出回るようになりましたが、天然物の味を知ったらとても買って食べる気には成りません。マヨネーズや胡麻和えなどで食べる事もありますが、「堅めに湯がいてお醤油で」が一番好きな食べ方です。
近所の婆ちゃん達は鰹節をふって醤油を掛けてしまいますが、お気に入り醤油を刺身皿に垂らし少しだけ付けて食べるのです。旬な香りと独特の滑りの在る歯触りは何とも言えません。
 
太井メの家族も大好きで時期になると採りに行こうと急かします。昔息子が夕食で山菜を食べた翌朝「緑色のウンチが出た」と眼をウルウルさせて訴えて来た時は( ゚^∀^゚)σ゚。大笑いしました。
 
ヽ(#゚Д゚)ノ┌┛「笑うなぁ~~本気で悩んだんだぞ~!」
 
と怒ってましたが、食べ過ぎると良く在ることなのです^^
 

エンレイソウ
側にエンレイソウが咲いておりました (^^)ノ~~


(´・(ェ)・`)~~hutoi

桃の話

| トラックバック(0)
 
桜よりも赤味の強い桃の花。特に花桃の赤色は遠くからでも目立って鮮やかだ。
 
日本原産の自生種は確認されておらず、中国大陸が原産とされています。静岡県登呂遺跡からは何種類かの桃の種が発掘されているので、既に弥生時代末期には日本に渡来し何種類かに分離していたらしい 。
 

花桃
桃は古代から霊力があると信じられてきた。中国にもかなり古い記録がたくさん残されているようで、中でも有名なのが孫悟空が食べた蟠桃(ばんとう)の話。
 
日本でも古事記で「いざなみのみこと」が黄泉の国から逃げ帰る時、最後に投げつけ鬼を追い払ったのが桃の実でした。ただしこれは暖かい地方に自生するヤマモモのようです。このころの渡来種の桃は「ケモモ」と呼んでいたようで、この辺でも未だにケモモと呼んでいるご老人がいます。確かに桃の表面には細かい毛が生えていますもんね。
 

桃の花のある庭
昔々あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました
お爺さんは山へシバカレに・・?(*_*;)マチガイタ!
 
お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に
そこへ川の上流から大きなモモが流れて来ました
ドンブラコッコ~ドンブラコ。ドンブラコッコォスッコッコ
お婆さんがそのモモを拾い上げようとしましたが
大きすぎて一人では持ち上げられそうも有りません
その時後ろから声をかけてきた男の子がいました
「お婆さん、そのモモ・・・持ったろう」
 
そのモモモったろう・・・モモったろう
!!━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!
 
桃っ太郎のお話でした・・・・(0_0;;)

スモモモモモモモモノウチ(^^;)V


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
ここしばらく霞が掛かり北アルプスにはご無沙汰でしたが、塩の道祭りの朝あまりにも奇麗に晴れていたので、今年初めての四十九院のコブシに会って参りました。今年は開花が早くまだ残っているか心配でしたが、ぎりぎり間に合ったようです。
 

白馬三山
お約束の白馬三山をバックにコブシの花。今年は手前に菜の花が植えられ丁度見ごろを迎えていました。昨年は水仙を入れようとアングルに結構苦労しましたが、今年はそんな心配はいりません。かえって風景の切り取り方に苦労するほどです。
 

五竜岳
こちらは五竜岳をバックに。白馬岳と共に深田久弥の日本百名山に選ばれている山です。ちょっとギラギラした感じになってしまいました。もっと早く来て柔らかい日差しで撮りたかったところですが、前夜が夜勤でしたので・・・と言い訳です。
 
来年も植えてくれるのかなぁ


(´・(ェ)・`)~~hutoi

小谷村「塩の道祭り」

| トラックバック(0)

 

昨日はお約束どおり、塩の道祭りレポート頑張って起きました( ̄^ ̄)V
朝屋上でアルプスを撮った時、違和感はあったんですが
出発地点で撮影しようとしたらなんと! バッテリー切れ
太井メとしたことが、初歩的なミスでお恥ずかしい限りです。 (#+_+)
 
そんな訳でレポートは
源長寺(げんちょうじ)からになってしまいました。 ○┓ペコ
 

屋上より

飛脚の集団
 (;-@Д@) っと!いきなり衝撃的な場面に出くわしてしまいました。昔の郵便屋さんの集団に遭遇です。
スコットランドから来 たと言う女性達が盛んにシャッターを押してましたが、太井メも被写体に・・・(^^;)V
日本酒を振る舞っているのを知ると「オー !サケ~~」と興味津々です。やっぱウィスキーの本場だもんなぁ。
 

ちょっと休憩

山も色が付いて来た

古道の面影
小谷村の塩の道祭りは、下里瀬(くだりせ)から栂池高原まで、およそ9㎞の「塩の道・千国コース」を歩きます。石仏や 史跡も多く、古道の面影が残る山間の道で、道中では街道市や郷土芸能、旅姿コンテストなどが催されます。
 

お父さんと

お母さんと

千国諏訪神社
お父さんやお母さんと一緒に、子供達も大勢歩いていました。親の励ましに頑張る子供、長い道のりを親と一緒に歩きき った達成感。こうした自然との関り合いが少なくなった昨今、家族との好い思い出が出来たことでしょう。
9月にささら祭りが行われ る千国諏訪神社では、出店や芸能大会が催されていて大賑わいでした。
朝から凄い車の数だとは思ってましたが、今日一日で3,200 人を超える人達が集まったようです。
 

鯉のぼりも歓迎

水芭蕉と水車

小谷太鼓
陽が高くなるにつれ真夏のような日差しに変わり、滴り落ちてくる汗に初めて手拭いを忘れた事に気付。老化現象は脳と眼から始まって来ているようです (_ _;)
山の木々も大分色が付いてきました。
緑の中を通り抜けてくる風も爽やかです。
足裏に感じる土の柔らかさが心地 よくて
ついついレポートも忘れがちになってしまいます。
「小谷太鼓」が威勢よく鳴り響き、祭りの最後を締めくくってくれました
 



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
ユリ科ショウジョウバカマ属の多年草
 

中国の古書に「ショウジョウ」という獣が出てくる。顔は人間のようで、毛は赤く、姿は猿とも豚とも犬とも言われ、人の言葉を理解し、とてつもなく足が速い。その肉を食べた人も足が速くなるそうだ。
そこでこいつを捕らえる時は、酒と下駄を用意する。酒好きのショウジョウはご機嫌になってくると人間のまねをしたがり下駄を履くのだそうである。
流石に足の速いショウジョウも千鳥足に下駄では走りにくかろう。簡単に捕まえることができる。
 
なんだか落語の一説を聞いているようだが、このショウジョウの血で布を染めると、猩猩緋(しょうじょうひ)と呼ばれる鮮やかな赤色に染まり、何百年も色あせないそうである。そのためかショウジョウは赤色の代名詞にもなっている。
 
ショウジョウトンボは赤とんぼの仲間だし、ショウジョウトキは羽根が赤い。能楽の酒好きの猩猩も足袋以外はことごとく赤だし。ショウジョウバエは目が赤い・・・けど、飲み残しの酒によくたかるから、酒好きの意味も含まれているのかもしれない。


(´・(ェ)・`)~~hutoi

早朝散策は落倉自然園

| トラックバック(0)
 
二十数年前、先代社長郷津弘文が始めた「塩の道早朝散策」は、塩の道ガイドの千国敏司に引き継がれ、今年も毎朝6時出発で5月4日早朝から開始の予定です。この時期は水芭蕉の咲いている「落倉自然園」をメインにご案内しています。(詳しくはこちら)
今日はその下見に行ってまいりました。
 

落倉自然園
園内はだいぶ水芭蕉の葉が大きくなりましたが、雪消えの遅いところは今が盛りです。仏炎苞が二枚あるオチクラミズバショウも咲いていました。ここの固有種オチクラサンショウウオには会えませんでしたが、花の種類も増えまだまだ十分に楽しめそうです。
 

ショウジョウバカマ
ショウジョウバカマ(名の由来はこちら)が昨年より増えているような気がします。葉の接地面から根を出すことが出来るので、帯状に並んで増えて行きます。好い塩梅に酔ったと見えてご機嫌のようでした。
 
女将も見つけたようですがどうやら二日酔いのご様子です/(^o^)\
 
おまけに蛇にも出会えたようで ヾ(・∀・)ノ;+.:ナニヨリ♫
 

リュウキンカ
水芭蕉とよく似合うリュウキンカも数は少ないですが咲いていました。茎を立ち上げ花が金色に光って見えるので「立金花」。6月下旬頃からの栂池自然園・水芭蕉湿原での群生はそれは見事なものです。
 
明日5月3日は春のメインイベント塩の道祭りです
今夜は夜勤なので朝起きれるか自信無ですが
頑張ってレポートをしてこようと思っています
とは言え、なんせ「きまぐれ」ですので
 
そこんとこ ∠(^_^)ヨロシク


(´・(ェ)・`)~~hutoi

山で咲く梨の花

| トラックバック(0)
 
杉林の中に忽然と姿を現した白い花を咲かせる大樹
桜にしては様子が違うし色が白すぎる
近寄ってよく見るとヤマナシの花だった
 

ヤマナシ
 
この実は硬いので「イシナシ」と呼んでいた
小さくて硬くて酸っぱくて渋くて
お世辞にも美味いとは言えないが
生でかじった感触と味が妙に懐かしい
鍋で砂糖と一緒に煮た独特の匂いを思い出す
 

山梨の木肌
 
ヤマナシの中にニホンヤマナシと言う種類があって、今栽培されている梨の多くはこれが原種だそうです。日本書紀にも栽培記録が載っているそうで、かなり古くから食用とされていたようです。
ナシの語源は、中が酸っぱい意味のナスミ(内酢味)からナスになり、やがてナシに変化して来たとのこと。
 

山梨の花
 
子供の頃住んでいた裏山の峠道には、それは大きなヤマナシの木がありました。我が家の古いアルバムの中に、その下で叔父さんに背負われた竹かごに入って、味噌っ歯で笑っている、太井メが写っています (*/∇\*)
 
以前その木の横まで林道が出来たというので
懐かしさも手伝って早速行ってみましたが
有ったはずの場所の真上が道になっていて
切り株さえも残っていませんでした
 
今の土木技術なら迂回することなぞ造作無い事なのに
今あれば村の天然記念物ぐらいには成れただろうに
巨木ツアーではきっと皆の注目を集めただろうに
 
なんで切っちゃったんだろ??
 
この木だけは何としても残して欲しいものです


(´・(ェ)・`)~~hutoi

2012年2月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      

このアーカイブについて

このページには、2008年5月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2008年4月です。

次のアーカイブは2008年6月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ