2008年1月アーカイブ

 
小谷村役場の玄関に懐かしい「繭玉」が飾ってあった。
古くから伝わる風習で、養蚕農家が豊作を願って作ったものだが、今はあまり見られなくなった。
 

繭玉(まゆだま)
正月14日から15日は「若年(わかどし)」と呼ばれ、百姓に関係した色々な行事が続く。その行事の一つに繭玉があった。「だんごならし」と言った所もあったらしい。
11日に「若木迎え」と言う若年に使う木を山に採りに行く作業があった。クルミ、ミヅブサ(みずきの若木)、柳などであったが、初めての山なので、山の神様に八丈(白紙)に包んだ餅を持って行き供え物とした。
14日は行事に使う「物作り」から始まる。繭玉の場合、米の粉を挽いて熱湯でこね上げ、茹でたものを繭の形に丸めミズブサに刺す。それを神棚の横や床柱、玄関などに飾った。
繭玉は15日のおんべ(どんど焼き)に焼いて食べたり、十八日粥(15日朝に作った小豆粥〝十五日粥〟の残り)に入れて食べたり、二十日正月(はつかしょうがつ)で飾り餅と一緒に雑煮にした所もあった。(北安曇郡郷土誌年中行事篇より)
 
子供の頃、小豆粥を食べる時、長さが20cm程で、太さは大人の指ぐらいある箸で食べさせられた記憶がある。子供にとって大き過ぎる箸で、餅をつまむ作業は大変な重労働であった。繭玉は干からびていたので、芯が残っていて固かったなぁ。中には木の枝が残っているのもあって、あの青臭いまずい味は強烈に印象に残っている。



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
ドイツ語でモルゲンは「朝」を、ロートは「赤」を意味し、山岳用語で「モルゲンロート」と言えば、山が朝日で赤く染まる事を指します。
 

白馬三山のモルゲンロート
1月下旬から2月上旬は一年で一番冷え込む季節
気温が氷点下15度を超え、東の空が快晴の時
雪山がピンク色に染まる朝焼けになることがあります
北アルプスの上部が朝日で赤味を帯びる少し前
30秒ほどの瞬間ですが本当に綺麗なピンクになります
 
昨日の朝は絶好の条件でしたが
残念ながら期待した色にはなりませんでした
アルプスの積雪が少し足りないのかもしれません
またの機会といたしましょう
 
逆に夕日で染まることをアーベンロート
ドイツ語でピンクは何て言うんだろう?
 
「おはよう」はグーテンモルゲン・・・(^o^)丿


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪冴えてすずしかりけり」
と道元さんが歌っています
 

残月のモルゲンロート
 
春は花粉症だし夏は暑くて嫌だとか
秋は物悲しいし冬は寒いからとか
いろいろ不平不満は有るでしょうが
そちらに心をとらわれてばかりおらず
さっぱりした状態で季節を見ると
意外と清らかで、すずやかですよ
 
辛いことや悲しいことが起こったとしても
心を開いて周りを見ると
必ず楽しいことや嬉しい出来事があるはずです
 
生老病死、そのすべてを嘆いたり逃げたりしないで
むしろ積極的に楽しみ、味わって生きましょう
 
 
と自分自身を奮い立たせている今日この頃です



(´・(ェ)・`)~~hutoi

厳寒の造形芸術

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夕焼けに成ると翌日は晴れ
昨日の夕暮れは薄っすらと赤味が差した

夜空にはナイト勤務の太井メを待っていたかのように
寝待月が輝いていた
星たちがやけに近く見える
カメラを取りに帰る元気は既に無かった

夕暮れ時
 
朝晩の冷え込みが厳しい日々が続く
大寒も中日になろうとしている
吐く息も日増しに白さを増す
切り株に白いベレー帽が・・・



ベレー帽
昼頃から雪が降り始めた
粒の小さな雪は寒さが厳しい証
風も強く時折突風となる
沢の岩には水しぶきが凍り付いている
まるで透明なカーテンのようだ
 

自然の造形美にはいつも感心させられる

氷のカーテン



(´・(ェ)・`)~~hutoi

深々と降る雪

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朝から久しぶりの大雪になった
陽の光が降る雪に遮られ、白と黒の世界へと変わる
何時も見慣れている景色が、今日は別世界のようだ
 
夜中車を走らせていると野狐に出会うことがある。闇の中で二つの眼が光った瞬間、思わずブレーキに足がゆく。以前は直ぐに隠れたが、最近は妙に人慣れしてきた。ライトを消して一定の距離を保ってやると、警戒心を解いてひとり遊びを始めることがある。月明かりの中で自分の尻尾を追っかけ、クルクルと回り出したことがあった。何かに変身するかと暫く見ていたが、そのうちに飽きたのか草むらに消えて行った。

静穏
昔の猟師はキツネの毛皮を、尻あてや帽子などに利用していたが、最近は猟の対象から外れているのだろう、キツネやタヌキが増えてきている。反対に野ウサギの数が激減した。雪が止んだ朝には野ウサギの足跡があちこちで見られたもんだが、今では森の奥に入らないとなかなか見られない。スキー場開発で棲みかが狭くなり捕食動物が増えた影響だろう。
 
しんしんと降る雪に獣たちの気配が隠れる・・・
弱肉強食の連鎖が静止する瞬間

雪降る



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
この辺では標高1,500mから2,200m付近に生える
カバノキ科カバノキ属の広葉落葉樹です。
 
栂池自然園付近では栂の木(オオシラビソ)と混生した見事な大木の群生が見られます。木肌は白樺より少し赤茶 色がかり、白樺と同じく表皮は剥がれ易く良く燃えるので、昔は焚付けとして重宝しました。最近は山では焚き火ができなくなりま したが、昔は山での昼飯には良く焚き火をしたものです。近くで採った山菜を入れた味噌汁は絶品でした。ただし燃える時に黒い煙 が出るので、大量に燃やすと鍋が真っ黒になりますのでご注意。
 

1600m付近のダケカンバ
 
ダケカンバの若木はとても柔軟性があって、雪に押し潰されてもまず折れることはありません。したがって雪崩の 発生し易い場所でも育つことが出来ます。横になってしまった木でも雪が消えると、何時の間にか真っ直ぐに立ち直っています。逆 に言うと雪崩の頻発する場所ではオオシラビソやブナなどは大きく育てないので、冬山ではオオシラビソの大木近くにテントを張る と安全と言われています。
 

2000m付近のダケカンバ
 
栂池自然園で遊歩道を新設するため、根曲り竹を刈り払った後に真っ先に芽を出した木がダケカンバでした。繁殖 力は旺盛な方でしょう。若木は赤みが強く大きくなるにつれ白さが増していきます。シラカバに比べ樹齢は長いと言われ、300年 を超える大木もあります。山屋さん達はダケカンバの中でも特に大きな白い幹をした物を「ウダイカンバ」と呼んで敬愛しています 。
 

赤味を帯びたダケカンバの冬芽
 
紅葉が終わり木々が葉を落とした後、赤味を帯びた冬芽を付けるダケカンバの林は、根曲がり竹(チシマザサ)の 葉の緑をバックに、白っぽい幹が際立ち見事な造形美を見せてくれます。カメラを始める以前、ダケカンバの大木が並ぶ斜面が薄霧 に包まれた場面に出くわした事が有ります。雲の切れ間から薄日が差し込みまさに「山水画」の世界でした。以来あの風景をぜひカ メラに収めたいと思うのですが、なかなかチャンスに恵まれずにいます。



(´・(ェ)・`)~~hutoi

小谷の方言

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屋根雪を積もるがままにしておいたらツララがだいぶ成長してきた。最近の冷え込みは厳しい。

ばあちゃん曰く「子供たちゃぁへぇ学校へ行ったがズラ?オラホはゲェニしみたが、ウェラトカァ・アンジャねえか?屋根の雪かきゃぁズクナシ・コカナンデ・ナッカラにしとかなきゃミグセエぞ」・・・(0_0;;)

通訳しますと「子供達はもう学校へ行ったんだろ?こっちはえらく寒かったけど、おまえの所は大丈夫か?屋根の雪かきは面倒くさがらずほどほどしておかないと見っともないぞ」・・(学校は土曜休みです)

白馬・小谷は割と標準語に近いのですが、それでも大正生まれのばあちゃんの言葉には方言がふんだんに出てくる。以前子供達に「ラチモネエこと言ってなんで早くエベ(くだらない事を言っていないで早く歩け)」と言って通じなかったと嘆いていた。

以前ホテルの会報に「細井少年(だった頃)の探検記」と言う、子供の頃の思い出話を方言を使って書いていたが、ばあちゃんが生きているうちに書き上げないとと思う今日この頃。
つらら
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(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
昨夜は「どんど焼き」がありました。この辺では「おんべ」とか「おんべ焼き」とかいいます。紙を互い違いに切りジグザグに垂らした神祭用具を「御幣(ごへい)」と言いますが、これを「おんべい」と読み「おんべ」になったようです。このおんべをたくさん作り(おんべを切る)束にして(おんべの花)竿の先に付け立てる(おんべ立て)ことは15歳以上の「若い衆」の仕事でした。小さな集落では燃やすものが少ないので、秋に刈り干し(カヤタテ)の大きなものを作っておき、これをおんべ柱の変わりにしています。
 

 
昔は七草粥が終わると「松納め」をしました。松飾りや注連縄(しめなわ)などを取り外し「おんべ」の所に集めるのですが、これは子供の仕事で、盗まれないよう小屋を立て15日まで見張りをしたとか、この一週間で家々を周りお金を集め、お神酒やおんべ用の紙などを買い残りは皆で分けた、などという話を聞いたことが有ります。他所のおんべから飾りを取ってくることは名誉とされていたようです。道に注連縄を張り通行人にお金をねだった所もあったようで、この時期に出かけるとひどい目にあったなどの話も残っています。
 

 
今はなかなか出来なくなりましたが、焚き火など火を燃やす行為には男どもを夢中にさせる何かがあります。燃え盛る火は何時まで見ていても飽きません。神妙になると言うのか無心になれるのですね。夢中でシャッターを切っていると指先の感覚が麻痺してきました。慌てて飛び出してきたので薄手の手袋と長靴で来てしまった。こんなに冷え込むとは思いませんでした。ホテルに帰ってストーブに手をかざしていると指先の感覚が蘇って来て痛くなります。子供の頃の囲炉裏端を思い起こさせる久しぶりの感覚でした。
 
近年廃れてゆく古い風習を間近に見るとことが出来るという事は実に嬉しいことです。
 
PS:出社したら昨日燃やすはずだったお札が一枚残っている。あわてて出て行った時に落としたらしい。さてどうしたものか? 同じ「おかみ」だから、とりあえず女将に来年まで預けておこうか・・・・ (-_-);



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
雪形が黒い馬なのに「白馬岳」とは之如何に?
 
北アルプスの長野県側は「後(うしろ)立山連峰」と呼ばれる。確かに富山県側から見るとこちら側が後ろに成るが、「うしろ」と付くとチョット悔しいので「白馬(しろうま)連峰」と呼びたい。
 

栂池自然園より
白馬連峰の主峰、白馬岳(2,932m)は「しろうまだけ」と呼び、本来は「代馬」の字が当てられていた。イネの苗を植える前に耕した田んぼに水を入れ、土を軟らかくする作業を「代掻き(しろかき)」と言う。春になると白馬岳の右鞍部下に、雪解けで黒い馬の雪形が現れ、これを「代掻き馬」と呼び代掻き作業の目安としていた。そしていつの間にか代掻き馬の現れる山を、代馬と呼ぶようになっていた。
明治初期に役所で山の名の登録をする際、「しろうま」を白馬と書き誤ったようである。通常なら首切り物の間違いながら、観光には打って付けの名前になった。今では白馬村、白馬駅、白馬大雪渓、白馬鑓ヶ岳などと、ほとんどを「はくば」と呼ぶようになっている。
 
白い花なのに「クローバー」と言うが如し・・・(*´ー`)y-~~



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
太陽がぼんやりと透けて見える。雪空にはトンビが舞っていた。
 
ゴルフのハニカミ王子こと石川遼くんがプロ宣言しました。記者会見でお父さんが「トンビがトンビを生んだが今タカになろうとしている」みたいな事を言っていましたが、なかなか言える言葉じゃぁありませんね。
 

 
知人が親戚の初孫の祝いに行って、生まれた子があまりに可愛かったので「鳶が鷹を生むとはこのことだなぁ」と言ってしまった。本人は子供を褒めたつもりが、受け取リ様によっては相手の親をけなすことになってしまう。
謙遜して自分の子を「蛙の子は蛙」なんて言うことはありますが、あまり他人に使う言葉ではないですね。同じような意味で「ウリのつるにはナスビはならぬ」なんて言葉も要注意でしょう。まさか七五三の可愛い衣装を見て「こりゃあ馬子にも衣装だなぁ」などとは間違っても言ってませんよね。
 
お呼ばれした宴会で「すみませんねぇ。こんなおばあちゃんが隣で」なんて言われて「いやぁ枯れ木も山の賑わいですよ」なんてつい調子に乗って言っちゃったら「海千山千」なんて言葉がぴったりの人だったりして・・・(;゚∀゚)アハッ
 
我が子には「鳶が鷹を生む」であって欲しいような気もしますが、確かに人には言われたくない言葉ではあります。何気に使った言葉が思わぬ誤解を招いたり、傷つけてしまっていることがあるかもしれません。
故事成語・慣用句・ことわざ、使い方を間違えるととんでもないことに成りかねない。



(´・(ェ)・`)~~hutoi

前山スキー場

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グリーンシーズンに毎朝行われる「塩の道早朝散策」のコースは、冬になるとクロスカントリーのコースになり、入口の「前山百体観音」横にはスモールヒル(小学生用)とミディアムヒル(40m級)のジャンプ台が作られる。毎年3月の第一土・日曜日に開かれる栂池ノルディック大会は40年以上の歴史が有り、長野県下の小学生から一般人まで500人を超える選手達が集まる。前山スキー場はリフトのないスキー場です。
 

前山スキー場
週末になると小谷のジュニアや白馬高校のスキー部の子達が集まり、練習している風景が見られます。
太井メも昔、栂池のスキー学校に居た頃(今では見る影も有りませんが、こう見えても資格持ちです)、このジャンプ台整備によく借り出されたものです。今のような圧雪車はなく全てが手作業足作業でした。
全員で横一列に二重・三重に並び、スキーで横歩きしながら雪を踏み固めるのです。大雪の後などはスキーを履いても膝近くまで埋まり、大変な作業でした。
一通り圧雪作業が終わったら、こんどはスキーを脱いで横一列に並び「ワッセ、ワッセ」の掛け声と共に、ジャンプ台の下をツボ足で踏み固めるのです。慣れていないと転んで下まで滑落する奴がいるので、必ず腕組みで繋がって作業をしました。と言うのは表向きで、転ぶような奴には腕組みを外して試練を与えるのです。
次にデコボコに踏み固まったランディングバーン(ジャンプの着地場所)を平にしなければなりません。ここからがスキー技術の見せ所。スキーを横に向けて真下に横滑りするのですが、ある程度スピードを付けて斜面を削らなければ平らになりません。「デラパージュ」と言いますが(当時のスキー用語は殆どがドイツ語でした)、デコボコの40度近い斜度を長い距離、横滑りで、高速滑走するには、それなりの経験と技術が必要でした。
朝から午前中目一杯かかりましたが、最後に許されるご褒美の「ゲレンデシュプルング(膝を抱えてジャンプすること)」が楽しみで苦にも思いませんでした。今考えるとゾッとしますが、若かったんですねぇ。
 
ランディングバーンは昔より緩やかになり、圧雪作業は雪上車がやってくれるので、大分楽にはなったようですが、それでもデラパージュ作業はするんだろうなぁ。今主流のカービングスキーではかなりやり難いと思うが、昔のサイドカーブの少ないスキーを持ち出すのだろうか?



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
1m以上積もった年末年始の大雪もやっと一段落。
今日は久しぶりの青空だ・・・が、恥ずかしがり屋の「白馬三山」は雲に隠れています。
 

白馬三山は雲の中

ゴンドラ乗り場

屋上より
 
正月休みで混雑したゲレンデも、今朝は比較的穏やか。晴れた日には、リフトを乗り継いで上部に上がる人も多いのですが、それでもゴンドラ乗り場には、長蛇の列ができていました。休日は10時頃までがゴンドラ乗車のピークです。
 
昨夜、海外組の帰国ラッシュ風景がニュースで流れていました。「どちらに行って来ましたか?」の問いに、小学生の男の子が得意げに「グアム!」学校に行って海外で楽しく過ごした話を自慢げに話すんだろうなぁ。仕事柄とは言え、子供達の休みに一緒に過ごせない太井メには、少し動揺した瞬間でした。



(´・(ェ)・`)~~hutoi
                旧年中は太井メの「きまぐれ日記」ご愛顧ありがとうございました。
              
本年も相変わらず気まぐれに、よろしくお願い致します。 

20080103-1.jpg
  初日の出が大雪で撮れなかったので、昨年のおめでたいような写真part2で失礼いたします

(手抜きですゴメンナサイ) 壁|_-;)

(´・(ェ)・`)~~hutoi
              旧年中は太井メの「きまぐれ日記」ご愛顧ありがとうございました。
             本年も相変わらず気まぐれに、よろしくお願い致します。


20080101-1.jpg             初日の出が大雪で撮れなかったので、昨年のおめでたいような写真で
             失礼いたします。○┓ペコ

(´・(ェ)・`)~~hutoi


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