小谷村役場の玄関に懐かしい「繭玉」が飾ってあった。
古くから伝わる風習で、養蚕農家が豊作を願って作ったものだが、今はあまり見られなくなった。
古くから伝わる風習で、養蚕農家が豊作を願って作ったものだが、今はあまり見られなくなった。
正月14日から15日は「若年(わかどし)」と呼ばれ、百姓に関係した色々な行事が続く。その行事の一つに繭玉があった。「だんごならし」と言った所もあったらしい。
11日に「若木迎え」と言う若年に使う木を山に採りに行く作業があった。クルミ、ミヅブサ(みずきの若木)、柳などであったが、初めての山なので、山の神様に八丈(白紙)に包んだ餅を持って行き供え物とした。
14日は行事に使う「物作り」から始まる。繭玉の場合、米の粉を挽いて熱湯でこね上げ、茹でたものを繭の形に丸めミズブサに刺す。それを神棚の横や床柱、玄関などに飾った。
繭玉は15日のおんべ(どんど焼き)に焼いて食べたり、十八日粥(15日朝に作った小豆粥〝十五日粥〟の残り)に入れて食べたり、二十日正月(はつかしょうがつ)で飾り餅と一緒に雑煮にした所もあった。(北安曇郡郷土誌年中行事篇より)
子供の頃、小豆粥を食べる時、長さが20cm程で、太さは大人の指ぐらいある箸で食べさせられた記憶がある。子供にとって大き過ぎる箸で、餅をつまむ作業は大変な重労働であった。繭玉は干からびていたので、芯が残っていて固かったなぁ。中には木の枝が残っているのもあって、あの青臭いまずい味は強烈に印象に残っている。
(´・(ェ)・`)~~hutoi


















