お休みをいただき、年一回の自称研修旅行で滋賀県に行って来ました。気の置けない仲間との旅行はいつどこに行っても楽しいものですね。幹事が歴史好きで史跡の旅となりました。嬉しいことにまだ紅葉がだいぶ残っていました。
長浜城は豊臣秀吉(当時羽柴秀吉)が始めて一国一城の主になった城として有名ですね。豊臣滅亡と共に取り壊され、石垣など多くの材料が彦根城の建設のために使われてしまいました。城の絵図面などが残っておらず、どのようなものだったのかわからないのだそうです。今あるお城は昭和58年(1983)に市民の寄付などにより再建され、博物館として利用されています。
長浜は秀吉が「楽市楽座」を敷いたことで商業が発展した町です。中仙道から分かれ日本海に通ずる北國街道沿いは、今でも古い街並みが残され旅情豊かな雰囲気に包まれています。
織田信長の命によって建築された、日本で最初の天守閣を備えた安土城は、築城わずか三年で焼失しました。「本能寺の変」から半月たらずだったそうです。居城跡は国指定の特別史跡になっていました。時間がなく登り口だけ見て、天守だけ復元されている信長の舘へと急ぎました。
安土城祉大手道入口 安土城天守六階 天守五階
1992年の「スペイン・セビリア万博」で日本館のメインとして展示された、安土城天守最上部の五階六階部分が、ここ「信長の舘」内部に移され、障壁画など原寸大で忠実に復元されています。朱の紅で彩られた柱と白壁に囲まれた八角の段の上に、金箔10万枚を使用した四角い天主が乗っている様子は、安土・桃山時代の幕開けとなったお城に相応しく、豪華絢爛という言葉がぴったりです。ワイドレンズが無いので全体像が写りません。
受付のお嬢さんに「この赤は漆だけで出しているのですか?」「わかりません」・・・(0_0;;)
入ったばかりのアルバイトさんだったのだろうか?
1992年の「スペイン・セビリア万博」で日本館のメインとして展示された、安土城天守最上部の五階六階部分が、ここ「信長の舘」内部に移され、障壁画など原寸大で忠実に復元されています。朱の紅で彩られた柱と白壁に囲まれた八角の段の上に、金箔10万枚を使用した四角い天主が乗っている様子は、安土・桃山時代の幕開けとなったお城に相応しく、豪華絢爛という言葉がぴったりです。ワイドレンズが無いので全体像が写りません。
受付のお嬢さんに「この赤は漆だけで出しているのですか?」「わかりません」・・・(0_0;;)
入ったばかりのアルバイトさんだったのだろうか?
明日は信長の比叡山焼き打ちに巻き込まれた日吉神社に参ります
(´・(ェ)・`)~~hutoi









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