2007年12月アーカイブ

年末年始は大雪

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 昨日から降り始めた雪は、今も降り続いています。ホテル近郊の積雪は60cmを優に超えました。栂池スキー場に入り込む幹線は大渋滞を起こし、朝着バスのお客様の到着が大幅に遅れました。夕方になっても復旧してない箇所があります。まだ降り続くようですので心配です。明日までの積雪量は1mを越えるでしょう。

埋もれた車
画像をクリックすると拡大されます ルール違反
画像をクリックすると拡大されます まだ積ります
画像をクリックすると拡大されます
埋もれた車 ルール違反 まだ積ります
 日帰り専用の駐車場には、昨夜から留め置いた車が放置され雪に埋もれています。除雪作業をしようにも、除雪車が入れない状態。早朝の道路には駐車場を利用できない車で溢れ返っていました。こうしたマナー違反を平気でする人って、どんな感性をしているのだろう?公共の場所だからこそ、ルールやマナーを守って利用したいものですね。

 各家では朝から除雪作業で大忙し。家の出入り口には、タイヤドーザーによって押し退けられた雪が、山盛りになっています。普段なら気を使ってゆっくり丁寧に除雪してくれるのですが、いきなり降った大雪で、今日ばかりは気配りなどしてはいられない状況なのでしょう。いつもならスノーダンプで簡単に除ける雪も、固く氷のようになっていて、金属スコップでなければ手に負えません。普段は使っていない筋肉が未だに悲鳴をあげています。

 4月から再開した太井メの日記も、早いものでもう年の暮れです。一部女将とのネタ争奪戦もありましたが、自分ながら良く続いたものだと感心しております。来年も気まぐれながら、よろしくお願いいたします。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
「29日の門松の飾りつけは「二重苦」に繋がるから良くない」と女将の父上から教えられました。また31日は「1日飾り」と呼ばれ神を疎かにすると言うことで、これまた良くないのだそうです。縁起物ですからねぇ。飾ってない家は明日30日しかありませんよ。
 
「やけに雑に刈った田んぼだなぁ」と近づいてみるとそば畑でした。小谷村では平成21年までに、総事業費2千万円をかけて「そばの山村(やま)づくりプロジェクト」が推し進められています。遊休荒廃農地をそば畑に転換し、製粉所を作り、生産から販売まで村内で出来る「おたりそば」のブランド化を図っています。しかし総事業費の90%がそばの製粉施設にかけているのですから、失敗したら転用が効きません。今年は20ヘクタールに作付けし、14トンのそばが生産されたそうです。小谷村は広い平らな場所が少なく効率が悪い上に、労働力の高齢化などから、採算の合う事業になるか危ぶむ声が出ています。

ソバ畑
 
すっかり忘れ去られてしまったようで、まだ柿が数珠生りで残っていました。上部の柿は熟して落ちてしまっています。今年は山の実りが多かったので安心ですが、去年だったら熊の餌場になっていたでしょう。思わずあたりを見回してしまいました。
 

忘れ去られた柿
どうやって上がったんでしょうか?作業小屋の屋根の上に除雪機が乗っているのです。クレーンで上げたのかもしれませんが、置き場所なら他に幾らでも有りそうなものです。去年雪の深い時に登って降りられなくなったのなら、何とも間抜けな、いや面白い話になりそうですね。我が家にぜひ一台欲しいのに・・・。
 

どうやって?
今日までの三四日は暖かな天候が続き、家の周りの雪が大分少なくなりました。天気予報では明日から雪マークが続きますので、スキー場は心配無さそうですが、全国的に寒波が覆うようで、降雪による交通障害が心配です。車で出かける方々は十分気をつけてくださいね。



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
昨日のことです。夕方、屋上のライブカメラを覗くと、ナイターの明かりが綺麗に映っていた。早速カメラを持って屋上へ。撮り終わったところへ女将が・・・両者で「ア~ッ」・・・ここからブログネタの熾烈な争奪・心理(ここ重要)合戦が始まるのです。
 
女将のブログで早速催促列されましたので、プレッシャー付きながら、屋上からのナイターゲレンデ風景をご紹介。屋上に出て左側に、太井メが生まれる前の(ビミョウ )映画、「鐘の鳴る丘」のロケ地であることから名付けられた「鐘の鳴る丘エリア」。初・中級者向きのゲレンデです。12月~1月の年末年始と土日、2月~3月中旬はほぼ毎日17時~21時まで営業しています。ナイター券が別途必要になります。(大人、子供共に2,000円)
 

鐘の鳴る丘エリア

からまつ・しらかばエリア

屋上よりナイター全景
屋上に出て正面に見えるのが「からまつ・しらかばエリア」(大人2,000円,子供1,500円)。ホテル直ぐ上のからまつリフトは初級者、左上部しらかばリフトは中・上級者エリアになります。ここは原則として年末年始と土日の17時~21時までの営業ですが、不定期ですので事前に確認が必要です。団体利用があると平日でも動かすことがありますので、ホテルのライブカメラで確認してからが良いかもしれません。ナイター設備としては日本有数のロングコースです。上級者向きでこれ程長いナイターゲレンデもそう々無いでしょう。
 
両ゲレンデ共にカクテル光線(影が虹色になる)のライトです。ロマンチックな風景は、デートに打って付けかもしれません。ただし両エリアは運営会社が異なりますので、ナイター券の共用ができません。ご注意下さい。くれぐれも営業の有無を事前に確認してくださいね。
 
タイトルに何故英語が?
このホテルにお世話になる前、英語が苦手な太井メに、ナイタースキーの明かりを指差して、What is that?(このくらいは解かるのです)と聞いてきた大胆なアメリカ人がいた。That is a ナイター ライト。ぜんぜん通じない。(0_0;;) ライト オブ ナイトスキ~~~ング! 始めっからジェスチャーで伝えればよかった。ナイターが和製英語だったことを知った瞬間でした。(^^;)
 
PS:今回は女将(三脚なしで夜景を撮る人です)が譲ってくれましたが、ブログネタ争奪心理合戦は、春の花が咲くまで続くことでしょう (;⌒-⌒) v



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
朝6時、まだ暗い西の空に月が残っていた。そう言えば今日は満月だった。残念ながら薄雲に覆われ、月はぼやけている。久しぶりにホテル屋上に上って、こちらも久しぶりの白馬岳にご対面。あの月の横に帰りがけのサンタとトナカイが居たら絵になるなぁ。などと思い巡らすうちに、春の夕暮れ時の風景を歌った「おぼろ月夜」を思い出した。
 

6:00 月齢15,1日

7:00 月齢15,2日

久しぶりの白馬岳
 
太井メがまだ細井で名古屋に住んでいたころ、同じような月を見て、やっぱり「おぼろ月夜」の歌を思い出し、無性に小谷に帰りたくなったことが有ります。子供の頃に過ごした里山の想い出と歌の情景が、見事に一致した瞬間でした。子供の頃の4kmあまりの通学路での冒険や出来事は、今では太井メの信条の基本みたいなものになっています。小谷の子供達は今バス通学です。熊事件(一昨年秋中学生が熊に襲われた)が有ったので止むを得ないとは思いますが、貴重な体験の機会を逃しているような気がして残念でなりません。彼らが大人になった時、今日のような月を見ても、懐かしい気持ちや優しい気持ちにはなれないんだろうなぁ。
 
今朝のニュースで、京都のお寺の苔が枯れる現象が起きていると言っていました。オーストラリアの大干ばつで小麦の値段が急上昇しています。自称発展途上国の中国やインドなども先進国と同じ発展経緯をたどりつつあります。アメリカもやっと地球温暖化対策の機運が盛り上がって来たようですが、バイオ燃料のおかげでペルーやチリでは、主食のトウモロコシ不足で暴動まで起こっているし、なんか人類は間違った方向へ進んでいるような気がします。大統領選挙が終わったらまた地球に優しくないアメリカに戻ってしまうんジャマイカ・・・・ (-_-);
 
傲慢な私達人間が豊かさを追求した結果ですが
「洞爺湖サミット」期待できるかなぁ
 



(´・(ェ)・`)~~hutoi

冬至(とうじ)

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日の出時刻が7時頃になりました。今日は旧暦で言う冬至です。一年で一番昼が短い日ですね(実際には数日ずれるようですが)。昔からこの日にゆず湯の風呂にに入り、カボチャを食べると風邪をひかないと言われています。今年はインフルエンザの流行が早いので、間に合わなかった人も居たかも。お大事に。
 

 
冬至になぜ「ゆず湯」なんだろうと調べてみました。「冬至(とうじ)」を温泉で病を治す「湯治(とうじ)」と語呂合わせし、「柚子(ゆず)」は「融通(ゆうずう)がききますように」との願いが込められているのだそうです。ゆず湯は薬湯として昔から利用されていたようです。
ホテルの薬草風呂ではみかんの皮が入っています。お風呂に柑橘類の皮をいれると身体が温まりますので、カゼをひかないと言われたのでしょう。
 
カボチャはカンボジアから来たからなのだそうで、唐芋や薩摩芋のように渡来地の名前が付けられたようですね。太井メはカボチャが苦手です。昔散々食べさせられた、水っぽいベタッたカボチャのごった煮が先入観にあるのでしょう。お店で出されるホクホクのは大丈夫です。
 
ちなみに日の出時刻が最も遅い日は、この冬至から半月ほど後、日の入り時刻が最も早い日は、冬至から半月ほど前になるのだそうです。(Wikipediaより)



(´・(ェ)・`)~~hutoi

月夜に大雪降らず

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ご存じでしょうが、 旧暦は月の運行を基にしていました。1回帰が大よそ30日です。ですから今の暦より1年間で11日ほど短くなります。そこで3年に一度閏月を設けていました。明治政府が今の太陽暦に変更したのも、閏年に13回給料を払うことが大変だったらだと言われています。
 

里の雪景色

柿木のある雪景

月齢10日
新月から月齢で15日目が満月です。ですから15夜と呼ぶのですね。ホテルホームページの下部に「日の出・日の入時刻」のボタンが有りますが、ここから「今日のこよみ」を見ると、今日は月齢10日。クリスマスの夜が15夜です。この辺では昔から「月夜に大雪降らず」と言われています。毎年12月の15夜の前後は不思議と大雪がありません。スキー場の人達は、この前の週の闇夜に大雪が降るかどうかで一喜一憂するのです。今年は一安心といったところでしょう。旧暦はこういった季節の変化を予測するのには結構重宝するのです。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
先日から狙っていた雪の中のコマユミ。雪の白が旨く表現できず、液晶画面で確認しながら、ホワイトバランスや露出補正で四苦八苦。つくづく液晶画面の大きなカメラが欲しいと思った瞬間です。
 
子供の頃、水鉄砲や紙鉄砲を作って遊びましたが、実鉄砲と言うのをご存知でしょうか?構造は紙鉄砲と同じですが、銃身は細目の熊笹で、玉はコマユミの実を使いました。赤い果肉の中に白い固い実があって、水分を含んだ果肉が気密性を高めてくれます。当たると赤い果肉が血の跡のように見えて結構リアルでした。素肌に当たるとかなり痛かった思い出があります。
 

コマユミ

コブシの冬芽

雪を被ったコマユミ
 
春先写真を撮ったコブシの木の枝に、毛に覆われた新芽を見つけパニック。猫柳の枝かと思いましたが今時期に咲くはずがありません。よくよく見ても確かにコブシの木の枝です。長い毛足で手触りも動物の毛にそっくりです。とても植物のものとは思えません。自然の造形の神秘さを改めて思い知らされました。半信半疑で帰って来て調べたら、やっぱりコブシの冬芽でした。暖かそうな毛皮を羽織った冬芽を見たのは初めてで久しぶりの感動ものです。
 
ホテル近辺では雪が膝上まで積りました。天気予報ではまだ二三日雪マークのようですので、もう直ぐスキー場は全面滑走可能になりそうです。上部からの帰路はハンの木コースが開放され、下までパウダースノーの深雪が楽しめたようです。お客様も大満足で帰ってきていました。
 



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
昨日小雨が降る中、木の実がまだ残っていないか、近郊を探してみた。
 
牛方宿の近くの木にツルウメモドキが絡みつき群生を作っていた。緑の中では殆ど目立たないが、落葉も終え風景の色が寂しくなってくると、黄色い種皮に包まれた赤い実がガゼン目立ち始める。葉が梅に似たウメモドキに似た蔓性のツルウメモドキ。ややこしい名前である。

ツルウメモドキ
 
コマユミの実は小さいので、あまり目立たないが、赤色が濃いので良い被写体になる。たくさん実をつけた大きな株を見つけたので、こんど雪が降ったら再チャレンジしようと思う。白い景色の中の赤い実は、良い絵になるような予感。

コマユミ
 
最初見つけたときナナカマドかと思ったが、木肌の様子が違うし、自生のナナカマドが生える場所ではない。オオカメノキの実はもう少し先端が尖り、熟すと黒くなると記憶する。たぶんガマズミの仲間だと思うが、葉が落ちてしまうと判別が難しい。小鳥にも食べられず今頃まで残っている懸命な姿には、いとおしささえ感じられる。

ガマズミの仲間
 
12月も中頃に入ってから、木の実を探したのは初めての経験。普段気にも留めずに通り過ぎている場所に意外な被写体が隠されていた。
 
今朝からやっと雪になり、暫らくは雪が降ったり止んだりの日々が続きそうだ。スキー場の全面滑走が可能になる日が待ち遠しい。



(´・(ェ)・`)~~hutoi

静寂の瞬間

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日の出の時刻が大分遅くなった。朝目覚めてもあたりはまだ薄暗い。ストーブを点けようかどうしようかと一瞬迷うほどこの二三日の気温は高い。時刻は6時30分、日の出前の静寂のひとときが好きです。
 

静寂の瞬間
 
「和敬静寂」(心をやわらげ、互いにうやまいあい、心清らかで、何事にも動じない姿)千利休が茶の湯の心得を説いた言葉です。
集団になると多くの場合、力の強い者に引きずられる傾向にあります。弱者はへつらい、我慢し、あきらめることで集団になじもうとします。強者も気を許すと何時立場が逆転するかもしれません。利休は戦国のつわものどもを「茶室」という空間に押し込むことで、このしがらみを解くことに成功しました。
茶室では、持て成す側とそれを受ける側という、立場の違いこそあれ、そこに上下関係は存在しません。平等の場を作ることによって初めて「和敬静寂」を説くことが出来たと思うのです。
しかし利休もやがて秀吉に切腹を命じられます。いつの世でも人間の欲望は尽きることを知りません。
 
互いに争う立場にいても、相手の立場になって考え、認め合うことが出来れば、共感できるものも生まれ、それを通じて互いに理解し合えるようになり、やがてや尊敬の念も生まれることでしょう。しかし日々のしがらみや利権に取り付かれた昨今の「つわものども」には到底無理な話のようです。



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
以前お約束した大出(おおいで)の河童の話です。
 
昔々、大出のある家の雪隠に、毎夜怪しいものが出て、用便に行った人のしりを撫でるというので、家中の人は皆恐れていた。ある夜主人は十分注意して雪隠に入り今か今かと待っていた。果たして怪物は出た。例のごとく手を延べてしりを撫でた。主人はこのときとばかりに腕を押さえて力を込めて引いた。怪物は逃れようとしてついに腕を引き抜かれた。
 

水神様
怪物はその次の夜侘びにきて、「私は水神に棲む河童であります。今までの悪いことは許して下さい。その返礼として河魚を毎夜捕えてきては進ぜます」と言った。主人は、何を言うことか、あてにもならんが腕を家においても仕方ないからと、それを彼に返した。彼は喜んで持ち帰った。この家ではそれでもとたらいを庭に出しておいた。翌朝、それを見たら活きのいい河魚がたくさんいた。毎夜毎夜、そのようであった。
 
ある夜たらいがふさがっていたから、その代わり鍋を出しておいた。河魚は一匹も入れてはなかった。その後はたらいを出しても、その時限りになった。河童が腕をもらいに来た時伝えた、諸病に効験のある妙薬がある。これを「水神様の御夢想」という。産前産後の腹の痛みには特効があるということで、昔は遠方からももらいに来たそうだ。
 
先代社長郷津弘文著「千国街道からみた日本の古代」塩の道の民話より



(´・(ェ)・`)~~hutoi

「汚名挽回?」

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一昨夜から久しぶりに雪が降り続き、また一面の銀世界になりました。上部スキー場はパウダースノーを楽しめたようですが、ホテル近郊は湿り気の多い雪で、期待した程は積もりませんでした。もっと冷え込みが強まり、二三日降り続かないと、全面滑走にはなりそうも有りません。
 

早朝の雪景色

朝焼け(越戸峰)

「推して知るべし(おしてしるべし)」か「推して然るべし(おしてしかるべし)」か記憶が曖昧になり、辞書を引くのも面倒だしと、ネット検索したところ、変換を間違えて「押して知るべし」で検索され、横に「推して知るべし」ではありませんか?と出たのですが、ヒット件数が22,900件。別の検索機能でも34,200件。
これは私のように変換間違いなのか?それとも間違って覚えているのか? 「推して然るべし」はさすがに少なかったですが、それでも太井メと同じ勘違いをしている人がいました。ご丁寧に「押して然るべし」と二重に間違えている方もいますねぇ。
 
そうこうしているうちに、先日「気の置けない仲間」との旅行報告をしましたが、「気の置ける仲間」だったか不安になり辞書で調べ直し。「気がおける」は自然に遠慮の気持ちが生ずる。ですから、気軽に話せる仲間には「気の置けない仲間」で正解でした。
 
試しに「素人はだし」で検索するとなんと6,240,000件!!これは「玄人はだし」が正解。
「汚名挽回」が113,000件これは「汚名返上」か「名誉挽回」ですよね。
間違った使い方の説明文も結構含まれていますのでもっと少ない件数でしょうが、控え目に見てもチョット多すぎのような気がします。
学校では慣用句やことわざなどは昔ほど時間を掛けて教えなくなったと聞きます。最近の新聞で「死刑の公算が強い」と書いてありましたが、「公算が高い」ではないだろうか?でも使う人が多くなってくると一般化して「昔はこんな使われ方をしました」になるのでしょうね。
 
昔の「お前」は敬語でしたが、今奥さんに使うと喧嘩になりますのでご注意を・・・(;゚∀゚)
 
キーボードばかりで文字を書かなくなったせいか
最近このような「ド忘れ」が多くなりました。
 
「年のせい・・・」 ( ̄~ ̄;)むぅ  
 
ダメ出しはケッコウです。。。違った「ダメ押し」だぁ (- -;)



(´・(ェ)・`)~~hutoi
関西方面の紅葉狩り旅行に観光バスを取られ、バス不足で週末のスキーツアー中止が相次ぎました。京都など関西方面は今が紅葉のシーズンなんですね。

モミジとカエデは分類上カエデ属で扱われています。一般的にモミジが赤で、カエデが黄色と言われますが、コミネカエデは真紅に成りますし、ハウチワカエデ、ウリハダカエデなども赤味を帯びた色を出します。葉の形がカエルの手に似る事から蛙手(かえるで)と呼ばれカエデになったようです。
 

イロハモミジ

ヤマモミジ

日吉大社のモミジ
 
万葉集に「わが宿に黄変つ(もみつ)蛙手(かえるで)見るごとに・・・」とあり、この黄変つ(もみつ)の名詞形を黄葉(もみち)として草木の色変わりを詠んだ詩も多いようです。
一方、紅花染めの揉んで染めだす紅色を「もみ」と言い、その行為の「もみずる」からモミジになったとの説が有ります。
草木の色が変化していく様子を、紅花染めの「もみ」で表現したのかも知れませんね。源氏物語あたりから紅葉(もみぢ)が使われるようになってくるようです。
 

ウリハダカエデ他

ミネカエデ

アカイタヤカエデ
 
京都の紅葉と言えば祇王寺(ぎおうじ)が印象に残ります。小さなお寺でしたが、苔の上に落ちた紅葉の色鮮やかな色彩が今でも思い出されます。後に平家物語の「白拍子・祇王」と「仏御前」の話を知り、もう一度行ってみたいと思っていますが、なかなか機会に恵まれません。



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
全国にある日吉・日枝・山王神社の総本宮。地主神である大山咋神(おおやまくいのかみ)を祀った東本宮と、奈良の大神神社から勧請された大己貴神(おおなむちのかみ)(別名:大国主神・大物主神)を祀った西本宮は国宝であり、その他大半の建造物が文化財に指定されている。
 

山王鳥居

楼門

西本宮拝殿
古代から人々の栄枯盛衰を見てきたであろう鎮守の森には、まだ紅葉が残っていました。伝教大師が比叡山に延暦寺を建立してから、天台宗の護法神として仏教とも深い縁を持つようになり、「日吉山王」とも称されたそうです。僧侶の朝廷への強訴の際には僧兵により神輿が担ぎ出されたと言いますから、当時は仏教色の強い神社だったようです。明治の神仏分離政策で仏教施設が除かれ現在の景観になったのだそうです。
 

神輿

東本宮

参道
建物や神輿は織田信長の延暦寺焼き討ちの際、一緒に全て焼かれ、現在の物は桃山~江戸初期のものだそうです。神社の屋根は日吉造(ひえづくり)と呼ばれる、ヒノキの皮を何枚も重ねて屋根を葺く方式で作られています。細かな細工と気の遠くなるような作業行程で作られた、美しい曲線を持つ重厚な屋根には、日本人の職人魂を見る思いがします。
 

日吉造(ひえづくり)

柿の原種(樹齢500年)猿柿

二宮橋
日吉大神の使いである神猿は「マサル」と呼ばれ、「魔去る」「勝る」に通じて縁起の良いものと信仰されています。庚申講とも関係がありそうです。境内に流れる大宮川にかかる3つの橋は日本最古の石橋で、豊臣秀吉が寄進したと云われています。幼名を日吉丸、信長にはサルと呼ばれていた秀吉には、この神社が身近に感じられたことでしょう。主人であった信長が焼き払った祟りを鎮めるべく、復興に力を貸したのかもしれませんね。



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
お休みをいただき、年一回の自称研修旅行で滋賀県に行って来ました。気の置けない仲間との旅行はいつどこに行っても楽しいものですね。幹事が歴史好きで史跡の旅となりました。嬉しいことにまだ紅葉がだいぶ残っていました。
 

長浜城歴史博物館

豊公園

北國道
長浜城は豊臣秀吉(当時羽柴秀吉)が始めて一国一城の主になった城として有名ですね。豊臣滅亡と共に取り壊され、石垣など多くの材料が彦根城の建設のために使われてしまいました。城の絵図面などが残っておらず、どのようなものだったのかわからないのだそうです。今あるお城は昭和58年(1983)に市民の寄付などにより再建され、博物館として利用されています。
 

唐箕(とおみ)

こんぺいとう

洋風土蔵黒壁
長浜は秀吉が「楽市楽座」を敷いたことで商業が発展した町です。中仙道から分かれ日本海に通ずる北國街道沿いは、今でも古い街並みが残され旅情豊かな雰囲気に包まれています。
 
織田信長の命によって建築された、日本で最初の天守閣を備えた安土城は、築城わずか三年で焼失しました。「本能寺の変」から半月たらずだったそうです。居城跡は国指定の特別史跡になっていました。時間がなく登り口だけ見て、天守だけ復元されている信長の舘へと急ぎました。
 

安土城祉大手道入口

安土城天守六階

天守五階
安土城祉大手道入口 安土城天守六階 天守五階
1992年の「スペイン・セビリア万博」で日本館のメインとして展示された、安土城天守最上部の五階六階部分が、ここ「信長の舘」内部に移され、障壁画など原寸大で忠実に復元されています。朱の紅で彩られた柱と白壁に囲まれた八角の段の上に、金箔10万枚を使用した四角い天主が乗っている様子は、安土・桃山時代の幕開けとなったお城に相応しく、豪華絢爛という言葉がぴったりです。ワイドレンズが無いので全体像が写りません。
受付のお嬢さんに「この赤は漆だけで出しているのですか?」「わかりません」・・・(0_0;;)
入ったばかりのアルバイトさんだったのだろうか?
 
明日は信長の比叡山焼き打ちに巻き込まれた日吉神社に参ります



(´・(ェ)・`)~~hutoi

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