2007年9月アーカイブ

里の初秋

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いよいよ明日から冬の予約開始です。ホームページが間に合わないかも。ということで先日撮った写真から抜粋。完全なる手抜きです。 ○┓ ペコ
 

棚田風景

白樺と背比べ
 
田んぼの稲刈りが急ピッチで進んでいます。金色に輝く棚田風景がアッと言う間に稲刈り跡だけになってしまいます。気に入った場所は選別しておいたのですが、如何せん身は一つ。来年までお預けです。先日ブラブラとまだ早い里の秋を探してみました。
 

クロツリバナ

シナノオトギリ
 
栂池自然園の紅葉がこれからなので里の秋はまだまだ先です。この分だと11月でも楽しめそう。切り取った小さい秋も、なかなか神秘的で良いもんですね。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
今日から10日間、紅葉祭りの開催です。
何時もの年なら紅葉目当てに賑わうはずが、今年は寂しい初日になりました。しかし、ここ数日の冷え込みで小蓮華岳斜面のダケカンバが色づき始めたようです。標高2000mを超える紅葉は冷え込みが続くと2・3日で一気に染まります。目が離せなくなりました。
 

物産テント

振舞酒

地場野菜
 

おやきも売ってます

なんでそっち向いちゃうの?

ゴンドラ乗り場
 
ホテル横の広場では甘酒の振舞いをしています。冷えた体があったまります。運転手はだめですぞ!!地元の人達が作った「おやき」や「だんご」、採りたて野菜もありました。「あきたこまち」の新米が10kgで3000円は安いのかな。服装を見ると解かると思いますが、寒い中皆さんご苦労様です。たくさんの人で賑わうと良いですね。
 
地元のかあちゃん達はシャイな人ばかりで、カメラを向けると皆顔を背けるのです。でも気さくな人達ですのでぜひ一声掛けてあげてください。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
夜毎に気温が下がっていくのを感じます。もう朝方は半袖では寒くて居られません。
 

ビジターセンターの小熊

バリアフリーの歩道

最奥の山波は戸隠連山
 
栂池自然園の入口のビジターセンター内には、園内の地形の成り立ちや植物の説明が詳しく展示してあります。四季の映画やビデオを上映する部屋もあり、申し込めば何時でも見ることができます。曇りの日や雨にあったときなどに利用すると良いでしょう。入口ではカモシカやキツネ、小熊の剥製が迎えてくれます。最初の水芭蕉湿原は車椅子でも一周できるようになりました。
 

やせ尾根の急な階段

ダケカンバと栂の林を抜けて

オオカメノキの紅葉
 
コースの殆どが木道整備されていますので、雨の日でも昔みたいに泥だらけにならなくて済みます。ただ気温が一気に下がることがありますので、防寒の用意は十分にしていきましょう。暑ければ脱げばよいのです。
 
自然園の最低気温がまだ10度を下回らないのだそうです。10度以下になれば紅葉も進むはずです。所々少しずつ紅葉が始まっていますが、もう少し時間がかかりそうですね。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
昨夜は中秋の名月。コンパクトカメラでの撮影は、真っ黒の画像に白点一個。しかも手ブレで失敗。ISOの感度を上げるのを忘れておりました。
 
今日は久しぶりに朝から快晴。紅葉の様子を見に、栂池自然園まで行って来ました。紅葉は例年より遅れています。昨晩から冷え込んではきましたが、10月連休までには間に合って欲しいものです。
 

ゴンドラより

水芭蕉湿原入り口

ワタスゲ湿原
何時ものゴンドラからの風景。この辺の紅葉は10月下旬ごろになりそう。入口のナナカマドは紅葉せずに枯葉になってしまった。ワタスゲ湿原の草紅葉もまだ色が薄い。白馬乗鞍の斜面は少し色づいて来ています。
 

浮島湿原

やせ尾根より白馬岳

展望台2010m
浮島湿原のビューポイント。気持ち色が付いてきたかな? 。脚力に自信のない人は、浮島湿原から展望まで時計周りで登った方が良いでしょう。やせ尾根が狭い急な階段なので、下るより上る方が安全です。自然園の最高標高点、展望台からの眺めは最高です。北アルプスは勿論、八ヶ岳から浅間山、菅平から戸隠、新潟県の火打岳と大パノラマが楽しめます。
 

展望湿原

入口から浮島まで全景

入口の旧白馬ヒュッテ
最終目的地の展望湿原。ホテルを8時に出て、到着が10時15分。入口から写真を撮りながら1時間半ほどでした。ゆっくり歩いても2時間あれば十分です。帰りは1時間半あれば楽勝。展望湿原で白馬三山が見渡せたのは今年に入って初めて。ガイド講習会に出るようになってから不調。誰かの雨男が移ったらしい。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
稲を天日干しするために、丸木で段組した掛け場を、小谷では「はさ」と呼び、稲を掛ける作業を「はさかけ・はさがけ」と言う。
新潟では「はざがけ」と濁る。白馬から南に行くと「はぜがけ」と言うようだ。女将のブログに「はぜかけ」とあるので、千葉では「はぜかけ」かな?他に「いなき・とうか・おだかけ」などと、呼び方も地方によってずいぶん違い面白い。
山間で干す場所が狭い地域に行くと、立木を利用して五段から六段、更ににそれ以上の「はさ」があった。一時期機械化が進んで見なくなったが、最近の「稲架掛米」の人気でまた復活してきたようだ。
 

稲架掛け一段

稲架掛け四段

ガッタリ
 
子供たちは昔に比べ体格は良くなったが、身体能力に劣る子達が増えている。記憶力はあるが、応用力に劣る。すべて近代化で便利になり、農作業も本業の片手間に出来るようになったが、そのぶん犠牲になったものも多いような気がする。里山は廃れ、ホタルやドジョウ、メダカたちも見かけなくなった。良かったのか悪かったのか?
 
稲刈り鎌での手作業の稲刈り、足踏みの脱穀機、手回し風車でモミガラを飛ばす唐箕(とおみ)、「ガッタリ」と呼ぶ水力精米機。こんな昔の農村風景を復活体験させたら、きっと良い観光資源になると思うなぁ。しかし昔風の農作業は体力勝負だから、爺っちゃん、婆っちゃんだらけの村では無理か。
 
「はさ」には「挟む」の意味があるらしく、稲束を二つに割って挟むように掛けるので「はさかけ」になったのかな?と邪推


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
イネ科エノコログサ属の多年草
 
先日、朝日に輝いて金色に光る野草に思わず車を止めシャッターを押した。子供の頃から猫じゃらしと覚えていたが正式名がわからない。調べてみると「エノコログサ」。犬の子供を「いぬころ」(狗児・犬児)といい、この草の穂が子犬の尻尾の様子に似るので「狗児尾草(いぬころおぐさ)」。やがて漢字は「狗尾草」に略され、言葉は「えのころぐさ」になまったとあります。
仲間も結構ある。最初に撮った金色に光るのが「キンエノコロ」。紫色の「ムラサキエノコロ」。真直ぐ子犬の尻尾のようにピンと立つのが「エノコログサ」。
 

キンエノコロ

ムラサキエノコロ

エノコログサ
 
一回り大きく穂が曲がって頭を垂れているのが「アキノエノコログサ」。道路わきや空き地ですぐに見つかる多くはこれでした。今まで気にも留めない草でしたが、ファインダー越しに覗くと結構絵になります。この草はススキと一緒で逆行が似合いますネ。今日は今にも雨が降りそうな悪条件。来週から晴れそうなので、朝日の逆行の中で再挑戦するとしましょう。
 

アキノエノコログサ

秋の主役「アキアカネ」

チカラシバ
 
チカラシバも仲間かと思ったら、同じイネ科でもチカラシバ属だそうです。穂を千切り手の平の中で握ったり閉じたりすると、モゾモゾと手の外にでてくる。以前、面白いので妻に見せてやったら、絶叫を上げて座り込んでしまった。
毛虫が嫌いなことをスッカリ忘れてた。 /(^o^)\ハハハ
 
女将が午前中にウォーキングツアーに参加した時に沢山あったと聞き早速写真を撮りに来たが・・・・(ー_ー?)ン?・・女将のカメラに「ヤマッカジ(小谷の方言で蛇のヤマカガシのこと)」の写真があったような・・・。あいつは近年奥歯に毒があることが解ったんだよなぁ。石垣の間に入り込むと、腹のウロコを立てて膨らむので絶対に抜けない。「ヤマッカジが怒ったぁ~~」とはやしたてて喜んだものだ。「知らぬが仏」とは良く言ったもんで、尻尾を捕まえて振り回して遊んだことを思い出すとゾッとする。(0_0;;))


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
夕日に浮かび上がる稜線は、昔、苦労して走破した縦走路を思い起こさせる。
 
北アルプス登山の魅力の一つは縦走にある。遠くは富士山・南アルプス・八ヶ岳の峰々、穂高・槍からの立山連峰の連山、佐渡島まで見渡せる壮大な眺望はもちろんだが、特に黒部渓谷を挟んで間近に見える剣・立山の迫力ある山並みが、絶えず変貌する姿は、縦走ならではの絶景だ。ただしこの縦走路には二ヵ所の難所がある。白馬三山から唐松岳の間にある「不帰嶮(かえらずのけん)」と五竜岳から鹿島槍ヶ岳への間にある「八峰キレット」は、不慣れな登山者を阻む難所である。それゆえ走破した時の達成感と感慨にはひとしおのものがある。

白馬三山
 
白馬三山(白馬・杓子・白馬鑓)から長い平らな天狗尾根を抜け、標高差300mの天狗の大下りを下ると、「不帰峰(かえらずのみね)」と呼ばれる難所が唐松岳まで続く。天狗の大下りから、不帰一峰までのV字に切れ込んだ辺りを「不帰キレット」ととも呼ぶ。その向こうへ屋根の形をした不帰二峰、三つの小さな峰を持つ不帰三峰、八方尾根と呼ぶ尾根筋を持つ唐松岳へと続く。とにかく鎖場やはしごの上り下りが多い。特に不帰一峰と不帰二峰北峰との間が「不帰嶮(かえらずのけん)」と呼ばれる最大の難所である。
天狗の大下り・不帰峰から唐松岳
 
残念ながらホテルの屋上からは、五竜岳から鹿島槍ヶ岳の間にある「八峰キレット」は、五竜遠見尾根に阻まれて見ることはできない。写真の鹿島右横に溜まっている、雲の真下の光っている辺り。猟師の八(はち)が始めて渡った峰だから八峰と呼ぶのだとか。ここにあるキレット小屋は幅5m・長さ30mほどの鞍部に建てられている。
キレット:稜線の深く切れ込んだ場所を、信州の方言で「キレ」と呼ぶ。「ト」は(ところ)で、切処や切所と書く。

五竜岳から鹿島槍ヶ岳
 
雲が赤くなるのは西の空が晴れている証拠。明日も暑い日になりそうだ。これだけ気温の高い日が続くと、栂池自然園の紅葉が10月の連休に間に合うかどうか心配になる。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
キク科ヒマワリ属の多年草
名の由来は菊のような花が咲き、根茎が芋に似るから。
 
この界隈では今一番輝いている花。群生していると一瞬ひまわりか?と勘違いするほどに遠くからでも目立つ。小谷の方言で唐芋(からいも)と呼ぶ。といっても中国産ではなく、北米原産。沖縄や南九州で唐芋は「さつまいも」のこと。中国から沖縄や薩摩に渡り「唐芋」と呼ばれ、沖縄から九州に渡ると「琉球芋」。九州から本州に渡って「薩摩芋」と伝来元の呼び名に変化していくのが面白い。
 

カライモ(方言)

菊芋

人間かと思ったじゃんか!!
 
小谷の特産品に「菊の助」という菊芋で作った焼酎があります。癖がなく飲みやすい焼酎です。ぜひお試しあれ。もう一つ小谷の特産品に「こしょう漬」と呼ばれる漬物があります。「こしょう」は胡椒ではなく青唐辛子のことを指す方言です。塩水に数種類の野菜を「こしょう」と一緒に漬け込み、色付けに赤ジソや最近ではボルシチに使うビーツをいれることもあります。野菜はキュウリ、大根、ミョウガなどが多いですが、ここに癖のない菊芋を入れると、色んな野菜のエキスを吸って実に美味しくなります。ピリリとした辛味と、ほど良く発酵した酸味に、カリカリとした歯ごたえはたまらないのです。
 

白馬乗鞍から北アルプスの眺望
 
雨雲かと思ったが、この後消えた。相変わらず暑い日々が続く。紅葉が10月連休に間に合うか心配になってきた。上写真は白馬乗鞍から見た北アルプス。右側の雲に半分隠れたのが杓子岳、尖った山が白馬鑓ヶ岳。天狗尾根から天狗の大下りを下り、不帰(かえらず)一峰・二峰・三峰そして八方尾根がある唐松岳へと続く。不帰三峰がちょうど松の木に隠れて見えないのが残念。他のアングルだと電柱が入る。栂池から見る白馬三山とは大分ちがう。何所に行っても邪魔なのが電線と電柱。何とかならんかなぁ。


(´・(ェ)・`)~~hutoi

白花の萩

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マメ科ハギ属の落葉低木
 
山野草の花が少なくなるにつけ、各家々の庭先の花が目立つようになってきた。お隣の庭の白萩が見事に咲いている。並んで咲いている赤萩は終わりかけだが、もっと早い時期に気がつけば、紅白で見ごたえがあっただろうに残念。この辺の野生の萩はヤマハギが殆どで、園芸種ほどには一遍に沢山の花は付けない。
 

白萩

宮城野萩

山萩
 
秋の彼岸には、萩の枝の皮をむいて箸を作り、「御萩」(おはぎ)に添えてお仏壇に供える。春の彼岸に供えるのが「牡丹餅」(ぼたもち)ですね。ある家に泊めて貰う事になった旅人が「ばあさまや、今夜は「半殺し」にすべえか、「皆殺し」にすべえか」と相談している会話を聞き逃げ出す。という小話があったけど、米のツブツブを残した半殺しが〝おはぎ〟で、全部潰した皆殺しの方が〝ぼたもち〟だったかな?ボタボタと全部つくから「ぼたもち」と覚えたが、記憶が定かではない。秋のおはぎは採り立ての小豆を使った粒あんが美味しいのです。
 
明日は彼岸の入り。23日がお中日、26日が彼岸明け。ご先祖あっての私たちですね。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
ゲンノショウコがまだ咲いている。
 
子供の頃のお小遣い稼ぎに薬草の採取をした。ゲンノショウコ、ドクダミ、イカリソウなどを採ってきて、乾燥させてから農協に供出する。秋祭りが始まると分け前をもらって、日曜日ごとに親戚や友達の家を点々とするのである。祭りの夜店で自由におもちゃを買えることが実に嬉しかった。紙巻雷管のピストルの硝煙の匂いが懐かしい。
そう言えば稲刈り休みなんてのが有ったなぁ。
 
メギ科イカリソウ属

碇(錨)草(いかりそう)
春先山菜を取りに行くと船の錨のような赤紫の花をつけたイカリソウに出会う。この花の形から命名された。黄花や白花もあるが、滅多に出会えない。花先の尖った部分には蜜が溜まっていて、先端を噛み切り蜜を吸ったものだ。こうした植物の微妙な甘味や苦味を子供の頃から慣れ親しんでいると、今時の甘味食品は甘すぎて好きになれない。と思うのは単なる左党の言い訳だろうか。
 
ドクダミ科ドクダミ属

毒痛・毒溜(どくだみ)
毒にも痛みにも効くので「毒痛み(どくいたみ)」からと言う説と、不快な匂いから、毒が溜まっている草と見なし「毒溜め(どくだめ)」が訛ったとの説がある。確かに傷つけると可憐な白い花からは想像もつかない、独特の強烈な臭いがする。漢名は蕺(しゅう・じゅう)薬・十薬で虫の刺し傷や化膿性疾患に良く効くとある。花が終わってから刈り取るのだが、この臭いさえなかったならと何べん思ったか知れない。後に知ったことだが、あの臭いは熱を加えると無くなるのだそうで、飢饉の時などには根こそぎ食べたそうである。
 
フウロソウ科フウロソウ属

現の証拠(げんのしょうこ)
下痢止めの妙薬で、効果が確実であることから「現の証拠」。効くことを「験(げん)がある」と言うから「験の証拠」が正しいと言う説もある。日当たりの良い土手に群生するので、土用に入ると刈り取りに行った。下痢をするとこの煎じ湯を飲まされ、次の日はケロッとしていたのだから、確かに良く効いた。この花の完熟した実に触ると種が弾けて飛ぶので良く遊んだものである。赤花も有ると聞くがこの辺には見当たらない。
 
女将が薬剤の講習に松本まで通っている。先代が薬草の行商をしていた関係で漢方薬の講義は得意らしく、楽しそうに話てくれるが、化学式には相当閉口しているようで、ゲンナリした顔つきで帰ってくる。最近はあきらめの境地に入ったのか、休みが続いたからか、元気を取り戻してきたようだ。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 

小学校校庭
やはりここ小谷(おたり)村も過疎化、少子化の流れに抗しきれず、昨年4月に村内小学校の3校が統合され、先日紹介した千国諏訪神社の隣に「小谷小学校」として新築されました。塩の道の景観を損なわないようにと配慮されたモダンな学校にはなりましたが、昨年冬には例年より積雪量が少なかったにも拘らず、校舎のあちこちでガラスが割れるなど雪害が相次ぎ、都会派のデザインはどうも田舎の積雪地帯には合わなかったようです。
 
統合しても全校児童数176名。こんな小さな小学校の運動会をのぞいてきました。昨年植えた桜が紅葉していました。
かけっこ、騎馬戦、綱引き、おなじみの競技を撮っていると心がシーンと澄んでいくのが解かります。カメラのファインダー越しの気分が、花や景色を撮っている時と同じ。いつしか自然体で一生懸命な姿に引き込まれている自分に気づく。
 

棒リレー

綱引き

組み体操
 
低学年の団体演技「忍者はっとりくん」には、元気で可愛らしくて無心でシャッターを押していました。先生が忍者装束で走り回る姿が実に似合っている。と感心していると、この衣装は妻が実家のある伊賀上野から借りた物だと聞かされビックリ。「知らぬは亭主ばかりなり」。実にお恥ずかしい。伊賀上野の忍者屋敷の皆様ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。
 

忍者

カッコイ~ッ!

ガンバレ
 
統合された3校、南小谷(みなみおたり)中土(なかつち)北小谷(きたおたり)小学校の内、太井メが卒業した南小谷小学校では、一時期分校2校を含め500名以上の生徒がいたのに、今では統合されても200名にも満たない数。しかし生徒数が少なくなっても、学校側の悩みの数は逆に増えているようだ。昔は子供同士の遊びの中で、助け合う心や協調性を高められたが、いまやその場を学校側が作らなければならない。拳骨は暴力か躾か?生徒の数だけ違う価値観の父兄と付き合わなければならない。指導力・説得力に劣る先生が増えている。協調性のない親達が増えてきた・・・。核家族化や自由と平等と権利を履き違えた教育の成果が、子供達を教え導く側となってこんな小さな村にも忍び寄って来ている。
 
指導力・説得力に劣った安倍首相でしたが、「戦後レジームからの脱却」というスローガンだけは結構気に入っていたのになぁ。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
そばの歴史は意外に古く、縄文時代にその痕跡が見られ、米以前にそばが食べられていた、と言いますから驚きです。三角形にとがった様子を「稜(そば)」と言い、実のとがった形からソバと呼ばれました。今のような「そばきり」と呼ばれる麺となったのは、江戸時代初期のようで、それ以前は「そばがき」のような、練ったものや団子にして食べていたようです。ただし穀物を石臼で粉にするようになったのが、鎌倉時代以降ということですから、それ以前は粒のまま食べていたのでしょう。

そば畑
 
ミゾソバ:溝のような湿った場所で群生し、花や姿がソバに似るので命名された。葉の形が似るので「牛の額」と呼ぶところもある。茎には下向きのトゲがありうっかり立ち入ると悲惨な眼に遭う。同じ仲間の「ママコノシリヌグイ」もやはりトゲがあり、一見しただけではミゾソバと区別が付かない。角の尖った三角形の葉裏の主葉脈にまでトゲがあるのがママコノシリヌグイ。それにしても痛そうな名前である。昔の継子はそんなに虐待をうけていたのだろうか?

ミゾソバ
 
ソバナ:山菜としても食べられています。接尾語に「ナ」の付く植物は、大体食べられるようです。小谷の方言でフキタチ(フキダチ)と呼ばれ、茹でるとそばの香りがするというが、ぜんぜん気づかなかった。花を知ったら意外と可愛い花で、以来食べていません。山の険しい道を「岨道(そばみち)」と言い、そんな道に生えるから「岨菜(そばな)」と呼ぶ。と言う説もあります。

ソバナ
 
そば屋に「○○庵」と言う名前が多いと思いませんか?
江戸時代、浅草の道光庵という草庵の庵主が、実に美味しいそばを打つというので評判になり、その名前にあやかって「○○庵」と言う名前のそば屋が増えたのだと言います。江戸は地方出身の肉体労働者が多く、塩分の濃い物が好まれたようで、汁も濃い目でソバに半分ほど浸してススルのが粋とされていたようです。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
栂池自然園の花たちは終焉を迎えています。その代りに、色づいた木の実・草の実たちが道行を楽しませてくれます。あの花がこんな実になるんだ。この実はどんな花だったんだろう?などと、ミニ図鑑片手にブラブラ歩くのもまた楽しいですよ。
 

クロツリバナ

ベニバナイチゴ

タケシマラン
 

オオシラビソ

ゴゼンタチバナ

クロマメノキ
 

ミヤマホツツジ

ニッコウキスゲ

シラタマノキ
 

サンカヨウ

クマイチゴ

ミヤマシシウド
 
水芭蕉の白さを昨日のように思い出すのに、あっという間に秋模様。
一昔前は人生五十年だったが、今じゃ八十年。三十年あれば十分第二の人生が楽しめると思うが、ただ生まれてから30年のことを思うと、今の一日のなんと短く、単純なことか。有る程度パターン化した毎日を送るしかないのは仕方ないけど、うっかり過ごすと林芙美子だったっけ?「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」的第二の人生になってしまいそう。若いころに比べたら、精気も体力もだいぶ衰えてしまったけど、好奇心と冒険心だけは持ち続けたい。・・・・と思うが、こっちもだいぶ衰えたなぁ。( ̄~ ̄;)
 
「花の盛」は確かに華やかで好いけれど、実になった姿を愛でるのもまた良し。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
昨日栂池自然園に咲いていた花たちです。花ももう終わりですね。今年の紅葉は少し遅れ気味かな?木の実、草の実が色づいてきました。明日ご紹介しましょう。
 

ヤチトリカブト

ミヤマアキノキリンソウ

オヤマリンドウ
 

タテヤマアザミ

オオバセンキュウ

ヤマハハコ
 

ミヤマコウゾリナ

ハンゴンソウ

イタドリ
 
こうやって見るとまだまだ絵になる花たちが残っています。頑張って最後の一花を咲かせている姿には、神々しささえ感じます。風は秋風、一汗かいた身体には実に心地よい。人の少ないこんな時期、マイペースで自然に任せトレッキングするのも良いもんですネ。


(´・(ェ)・`)~~hutoi

栂池自然園

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北アルプスが顔を出したので8時始発のゴンドラで栂池自然園へ行ってきました。太陽がまだ低いので、風は肌寒さを感じます。
 

ゴンドラより北アルプス

いつものイワナ

水芭蕉湿原
 
ゴンドラからいつもの景色、雲が涌いてきていて嫌な予感。あと2時間山が隠くれないよう願います。ロープーウェイに乗車したのが五人だけでした。入り口では何時もの岩魚が迎えてくれます。まだ群れて捕食しているので、産卵期はもう少し先のようです。水芭蕉湿原も少し色づき始めました。
 

リュウキンカ

ワタスゲ湿原

ナナカマドと草紅葉
 
水芭蕉湿原の奥の橋の所に、リュウキンカが!!!春、水芭蕉の次に咲く花が、何を間違えたのか狂い咲き。こんなのもいるから、自然は面白い。ワタスゲ湿原に着いたころ、白馬岳の下から雲が出てきました、9時前後から湧き出すこの雲は、夏のパターン。まだ冷たい空気が入って来ていない証拠。紅葉はまだ先ですね。花も終わり実になってあちこちで色づいています。
 

浮島湿原

小蓮華山

アキアカネ
 
浮島湿原に着いたときはすでに白馬岳は雲に覆われていました。展望湿原のパノラマ風景は又の機会にお預けです。アキアカネが山から産卵のために降りてきていました。山頂ではもう寒いのでしょう。しかし稜線近くのダケカンバもまだ紅葉の気配がありません。明日から秋雨前線が上がってくるようだし、今年の紅葉は例年より少し遅れるかもしれません。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
高山植物に興味を覚え始めた頃、夏場2500mを越える稜線近くで出会い、国蝶のオオムラサキと思い込み先輩に得意顔で写真を見せたのが最初の出会いでした。春には北上し秋には南下する「渡り」蝶です。ロープウェイ終点の自然園駅から栂の森に下る道路沿いには、アサギマダラの好きなヨツバヒヨドリの花が多いので、毎年夏も終わりに近づくとこの蝶に会うことができます。

 
浅葱(あさぎ)は薄いあい色の古称で、青い透き通った羽に黒と茶色の縁取りが実に印象的です。アゲハチョウほどの大きさで、フワリフワリと舞う様は、とても九州や沖縄まで飛んでいく能力があるとは思えません。各地でアサギマダラの移動調査(マーキング調査)をやっている研究グループがあるようで、台湾や韓国から日本まで渡った記録があるようです。

 
標高の高い山のある、雪の降らない所に住むものには、夏場は高山で過ごし秋になると里に下りてきて、あまり移動しない種もあるようで、渡りの習性は良く解かっていないようです。この辺では雪が降るので南下しなければ死んでしまいますネ。

右写真の青丸印のところに黒い斑紋があるのがオスです。メスにはありません。



(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
マタタビ科マタタビ属の落葉つる性植物
 
梨に似た味で猿も好んで食べるのでこの名が付いたようです。小谷の方言では「コクボ」と言います。果実は秋の終わり頃に熟し始めますが、霜が降りると糖度が高く更に美味しいので我慢していると、クマや鳥たちに先を越されて悔しい思いをしたものです。
食べると風邪を引かないと言われ、熟しかけを食べ過ぎ、口の周りが荒れひどい目にあった記憶があります。ビタミンCが豊富で解熱作用もあるようなので、まんざら嘘でもなさそうです。
蔓(つる)は強く柔軟性があり、クズやヤマブドウの蔓と同様、縄の代わりになりました。徳島の「祖谷のかずら橋」もサルナシの蔓などを使っているそうです。
 

サルナシの実
 
熟したものはジャムにすると美味しいですが、果実酒には熟す手前のものを採取します。二年以上保存する場合は、果肉が溶け出し液が濁るので取り除いた方が良いでしょう。常温で作るよりも冷蔵庫の中に保存しておくと、香りも良くビタミンCも多く残るようです。
村おこしの一環で、十五年ほど前から塩尻のワイナリーにサルナシを持ち込んで「小谷さるなしワイン」として販売されていますが、自生物には限りがあり、山村農家での栽培もまだ少なく、製造本数が300本前後と希少です。
 
輪切りにするとキウイそっくり。それもそのはず、同属の中国原産「シナサルナシ(オニマタタビ)」が20世紀初頭ニュージーランドに持ち込まれ、品種改良されたものがキウイなのだそうです。
以前、女将とアルバイトのニュージーランド人との間で、起源論争になったと聞いていますが、結果を聞き漏らしました。そのうち女将のブログで教えてくれるでしょう。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
昨夜は宵祭りでした。今日は本祭りの様子をお伝えします。
 
千国諏訪神社は、街道の重要な拠点となった千国番所が置かれた集落にあり、祭りは集落の中央にある天王岩に集合し、開始のご報告をしてから始まる。小さな神輿を先頭に、楽隊の子供達、獅子舞の若連、浦安の舞姫、神官、氏子惣代と続く。
 



 
隊列の周囲を、氏子の若連中数人が、色鮮やかな女性の着物と、片方にはワラジを、もう片方には長靴を履き等々、さながら祭りの酒で酔っ払い、寝入りばな祭囃子の音に驚かされて、慌てて近くの物を身につけ飛び出した出で立ちで、顔にヒョットコや奇形の面をつけ、男性のシンボル(男根)の形をした木の棒を左手に持ち、右手には竹を割ったもの(ささら)で棒をこすりながら飛び回る。踊りまわる。
この風景が奇祭と言われ、〝ささら祭り〟と言われるゆえんでしょう。
 



 
昔からこの〝ささら〟に触れた女性は子宝に恵まれると伝えられていますが、女性にはかなり勇気のいる仕業でしょう。道中では子供達の泣き声や、若い女性の悲鳴や笑い声がまじり、なれた子どもたちは「ささらし、ささらし!!」と叫んでは、追いかけられるのを楽しんでいます。ささらを持つ若衆を「ささら師」と呼ぶのです。
 



 
社殿に付くと神殿では神事が模様され、浦安の舞も奉納されます。ここでフラッシュを忘れたことに気づき、急遽取に行って来たのですが、残念ながら間に合いませんでした。以前女将の娘さんが舞ったときの写真を内緒で一枚入れておきましょう。浦安とは心安らかと言う意味で、遠い昔、日本の風土が美しく平和な国であったので、浦安の国と呼ばれていたのだそうです。
 



 
神事が終わると、いよいよ舞台で獅子舞が始まります。この頃には集落のあちこちで、いたずらをしまくってきた〝ささらし〟達もお宮に集まって来ています。獅子に舞の道具を渡す役目ですが、ちょっかいを出す方が多く笑いを誘います。
 



 
少子化の波が祭りにも現れています。以前は子供の楽隊が30人以上はいたのですが、年々寂しくなります。〝ささら〟のご利益で沢山の子供に恵まれ、末永くこの祭りが続くことを願わずにはいられません。
 
千国の祭りは雨祭りと言われ、今年も降られました。フラッシュを忘れても、傘は忘れない太井メでした。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
白馬村姫川源流に端を発し、小谷村の真ん中を突っ切り、新潟県の糸魚川へと続く姫川流域には、二十を越す諏訪神社があり、九月に入ると各社で次々にお祭りが行われます。今夜はその中の一社、千国諏訪神社の宵祭りを覗いてきました。
 
ここの祭りは神輿ではなく屋台を曳きます。先頭の屋台には今年話題になった男女(両者男ですが)が立ち、後ろに笛と太古の行列が続きます。屋台に立つ二人の役柄は、やはりこれしかないでしょう。安倍首相と年金が行方不明になったおばあさんでした。

屋台
 
毎年風刺を利かせた役柄が楽しみになっています。各氏子の家の前で止まってのお披露目に、笑いを誘ってはいましたが、お年寄りの多い地区です、少々風刺が効きすぎかもしれません。

今年の風刺屋台
 
諏訪大社の御祭神である建御名方命(たけみなかたのみこと)は、出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)と奴奈川姫命(ぬながわひめのみこと)の間に生まれました。建御名方命が諏訪まで入ったルートが糸魚川から続く「塩の道・千国街道」の古道と言われています。

囃子行列
 
また姫川の〝ひめ〟は奴奈川姫命のことであり〝ぬな〟は玉を指す語なのだそうです。確かに姫川流域は、勾玉に使われたヒスイの原石を産する、世界でも希少な場所です。

千国諏訪神社
 
七年に一度の御柱の前年には小谷諏訪神社の総社であった中谷諏訪神社で、諏訪大社からわざわざ宮司が来て「薙鎌(なぎがま)」の儀式も行われます。諏訪大社との因縁多き場所であることは確かなようです。

明日は本祭りの様子をお伝えしようと思っていますが、これがまた日本でも稀有な奇祭ですのでお楽しみに。


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台風が通り過ぎ太陽が顔を出したが、雲はまだ名残を残しているようだ。稲穂が少しづつ黄色味をおび、秋に近づいたことを知らせてくれる。早朝散策コース周辺に咲く花も夏から秋の花に変わりつつある。
 

屋上より台風の名残雲

早朝散策コースのオオバセンキュウ
 
夏も終わりに近づくと、森影の道端をにぎわすのが釣船草(つりふねそう)だ。花を活けるために、床の間に鎖で釣られる舟形の花器を釣船と呼ぶ。単に船を吊り下げた形に似るから、と説明するよりも、花器になぞらえた方が情緒があって好い。属名のImpatiensは「忍耐できない」と言う意味で、熟した果実に触れると弾けて種子を飛ばすからだそうな。全草有毒と聞くが詳しくは解からない。黄色花の「キツリフネ」も咲いていた。
 

ツリフネソウ

キツリフネ
 
万葉の人達は、露草(つゆくさ)の花弁を集め臼でつき、その汁で衣類を染めた。搗草・月草(つきくさ)が元の名前のようだ。しかしツキクサで染めた物は、水に浸すと色落ちし、色あせるのも早かったので、しだいに忘れ去られてゆく。そして何時しか「露草」となった。朝露の似合うこの花には「露草」の方が相応しい。

ツユクサ
 
台風の置き土産、ヤマグリ(シバグリ)が落ちていた。誰か並べたのだろう道の真ん中に四個。何か意味があるのだろうか?この栗は小粒ながら実に味が良い。イガが茶色になり割れてくるのを待ちきれず、まだ青いイガを両足の靴底で割り、親指の爪で渋皮をむき、食べたことを思い出す。

ヤマグリ
 
栗の木と言えば、家の母ちゃんの大っきらいな毛虫が好む木でもあります。数年前にこの辺で言う「シラガダユウ」(クスサンと言う蛾の幼虫)が大発生したことがある。黄緑色の大きな体で青白い長い毛。この大毛虫が家の横の栗の木にウジャウジャ。玄関やら窓際やらでモソモソ。毎日悲鳴を聞く羽目に。それ以来クリ拾いに行こうという話は聞かなくなりましたナ。
 
このシラガダユウの内蔵から糸腺を取り出し、酢水に浸けてなるべく細く長く引き伸ばす。この糸はとても強くて、岩魚の大物狙いに使う釣り糸にしたものです


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キク科ヤマボクチ属の多年草
 
【名前の由来】
 
昔の煙草を吸う道具に煙管(きせる)というのがある。この先端にある金属部分を火口(ほくち)と呼び、花の形がこれに似るので、オヤマボクチになった。と言う説はなかなか説得力がありますが、もう一つ有力な説。
オヤマボクチの葉を乾燥させ砧(きぬた)などで叩くと、綿毛だけが残る。この綿毛が燃えやすく、マッチのない昔は火打石から火を取るための材料になった。火を取る準備材料のことを「火口(ぼくち)」と呼ぶ。また茅葺き屋根の材料となるススキの丘を、大切な山「御山(おやま)」と呼び、そこに多く生える火つけ材の意味でこの名が付いた。方言で炎取草(えんどりそう)とも呼ぶ所もある。

オヤマボクチ
 
同じく「ヒヨドリバナ」の花柄の乾燥させたものもまた燃えやすい。そこで火を取る意味で「火取花(ひどりばな)」がなまったと言う説がある。ヒヨドリが鳴く頃に咲くからと言う説よりも納得がいく。

ヨツバヒヨドリ
 
オヤマボクチに似た花で「オニアザミ」がある。花だけ見ると一見同じに見えるが、葉の違いが際立っていて、オニアザミの葉はトゲが鋭く、いかにも鬼の角や牙を連想させる。オニシオガマ、オニシモツケなど、接頭語に「オニ」が付くものには、トゲが有ったり大型だったりするものが多い。

オニアザミ
 
オヤマボクチは葉の裏に綿毛があり白いので、この辺の方言で「ウラジロ」と呼ぶ。この白い綿毛の付いた若葉を細かく刻み、すり鉢であたり、餅つきのときに一緒につくと、美味しそうな緑色の歯ごたえの良い餅になる。そばを打つなぎとして使っていた頃もあるが、今はあまり聞かなくなった。

オヤマボクチ
 
煙管と言えば爺様が使っていた。確か「キキョウ」と言う名の刻みタバコだったと思うが、一服吸った火のついたタバコをポンと手の平で受け、転がしながら、もう片方の手で器用に煙草をつめる。そうして手の平のタバコを火種にしてもう一服つけ、美味そうに青白い煙を長く吐き出すのである。吸い方が実に粋で憧れたものです。
ところが一方、恐怖の躾け道具でもありました。箸の持ち方が悪いと手をパシン。膝を崩すと腿をピシャリ。言うことを利かないと頭をコツン。ちり紙で細いこよりを作り、煙管の胴の部分の掃除をよくやらされた。
ある時あまりにも煙管が憎たらしいので折ってやったことがある。しばらく経ったある日、火鉢の横に胴まで金属製のひと回り長い奴が置いてあった。あれは痛かったなぁ


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栂池自然園のガイド養成講座も早6回目。最初は黙々と歩くばかりだった人達の口から、花の名前が出てくるようになりました。太井メも春から毎回参加して、改めて栂池自然園の花の種類の多さと、実に良い所に住んでいることを実感しています。
 
浮島湿原では既に草紅葉(くさもみじ)が始まっています。紅葉はまだ先ですが、花はウメバチソウ、トリカブト、イワショウブ、ゴマナ、セリの仲間などまだ楽しめます。木の実、草の実の赤色が目立つようになりました。風穴の先ではベニバナイチゴの大きな赤い実が、イチゴ畑のように沢山生っていました。
 

ウラジロナナカマド

浮島湿原草紅葉

オオヒョウタンボク
 
今日のお勉強は「オトギリソウの仲間」の見分け方。やはりルーペの世界の話になりました。20倍ぐらいの物が使い易いそうなので、来年は買ってもらおうと思います。里に咲くのは殆どがオトギリソウ。昔から薬草として農協に出荷していたので、この辺ではポピュラーな野草です。栂池自然園に咲くのは、このオトギリソウとシナノオトギリ(ミヤマオトギリ)。もっと高山に行くとイワオトギリがあります。シナノオトギリはオトギリソウに比べ背が低いのと、花弁の裏に紅色のぼかしが入るので見当が付きますが、イワオトギリと見分けるには葉面に付く黒点と明点(葉緑素がなくなった点)で見分けます。シナノオトギリは葉の縁に黒点が集中し、明点があります。イワオトギリは葉面全体に黒点が広がり、明点はほとんどありません。
 

シナノオトギリ(オトギリソウ科オトギリソウ属の多年草)
 
名前の由来が実に面白く、と言うか残酷な話で。
平安時代に鷹匠の兄弟がいまして、この家には代々伝わる、傷に良く効く門外不出の秘薬があり、鷹が狩で傷ついた時など塗るとたちまち直った。この秘薬を弟が外部に漏らしてしまう。怒った兄は弟を斬殺してしまった。この時飛び散った血しぶきが黒点として葉や花びらに残ったのだと言う。この鷹匠伝説から、秘薬に使われた野草の名前を「弟を切った草:弟切草」と名付けられたのだそうです。
 
止血、腫れ物、鎮痛に効果があるオトギリソウは今でも民間療法で使われています。
子供の頃ばあさんが、唾液を垂らして一緒に揉み込んだこの葉を、汗で汚れた手ぬぐいを裂いて、包帯代わりにして傷口に貼ってくれた。それでも化膿しなかったんだから、効き目は確かにあると思う。近くにオトギリソウが無い時などは、ヨモギの葉っぱで代用した記憶があるなぁ。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
9月に入り秋の気配が漂い始めました。
 
栂池自然園は標高が高いので、里より一足早く紅葉が始まります。毎年9月下旬から10月上旬にかけてがピークですが、今年 はどうだろう?台風9号がこちらに向かっているのが気にかかりますが、過ぎ去った後、大陸の高気圧が張り出し、一気に冷え込む とかなり期待ができますよ。
 
2004年の紅葉が実に良かったので、今年も期待して当時の写真を掲載しておきます。
2004/10/07撮影

浮島湿原

展望湿原

展望湿原手前扇の雪渓
 

展望台より白馬三山

やせ尾根より

やせ尾根のホツツジ
 
昨年は10月9日に自然園上部まで雪がきました。冠雪の紅葉風景なんて、地元にいてもなかなかチャンスはありませんが少し ご紹介。
2006/10/09撮影

水芭蕉湿原

浮島湿原

ゴンドラより
 
紅葉が終わった後のダケカンバの林も実に良い被写体です。霧が入るとまるで水墨画の世界のよう。里は紅葉真っ盛りの時期で す。

自然園入口2006/10/25撮影
 
8月は書入れ時でなかなか近郊レポートができませんでしたが、9月中旬にはひと段落つきますので、天気図とにらめっこをし ながら、できるだけ旬な情報をお届けするようにいたします。
 
10月連休の空室はあと少し、ご予約はお早めに。


(´・(ェ)・`)~~hutoi
 
8月は猛暑が続きさすがの高原ホテルもクーラーのフル活動、午後からクーラーを入れて部屋を冷やして おかないと、お客様から苦情が来るのです。関東では節電のため工場のラインがストップしたところもあ るのに、なんか申し訳ない気分でした。都会の人たちはクーラーの冷気に慣れているせいか、網戸で扇風 機の田舎生活ではお気に召さないようです。
 

屋上の北アルプス
そうこうしているうちに、あっという間に9月。もう夜は長袖でないと寒いくらいです。秋雨前線が 停滞し、しばらく見なかった北アルプスが、久しぶりに顔を見せました。雲が高く秋空になりつつあります。
 

鐘の鳴る丘シンボルタワー
白馬三山の手前に見えるとんがり帽子の白い塔は、昭和二十?年に映画化された、菊田一夫原作の「鐘の 鳴る丘」のロケ地を記念して建てられたものです。「緑の丘の赤い屋根、とんがり帽子の時計台、鐘が鳴ります・・・」と歌う主題歌「とんがり帽子」は皆さんも良くご存じと思います。当時は「親の原(おやのはら)」と呼ばれていた萱場 (かやば:かやぶき屋根用のカヤを取る場所)でしたが、今では「鐘の鳴る丘スキー場」として冬季は初 心者や家族連れで賑わっています。これだけの広さを持つ緩斜面スキー場はそうはないでしょう。
 

鐘の鳴る丘集会場
「鐘の鳴る丘」は昭和22年にNHKラジオで放送され、一躍有名になりましたが、映画では安曇野の穂高町 有明にあった戦災孤児の収容更生施設「松本少年学院」がモデルになりました。現在は鉄筋の建物になって青少年の厚生施設「有明高原寮」になっています。時計台のついた旧建物は、春に藤棚でレポートした 、松尾寺のすぐ隣に移設され「鐘の鳴る丘集会場」として青少年の合宿訓練施設となっています。
 
ホテルのホームページのデザインが変わったので、きまぐれ日記のデザインもそれに合わせようと、制作 会社にお願いしたのは良いけれど、改めてリンク構築のし直しです。リンク切れの箇所は未処理の場所で すのでお許しを。暇を見つけて一生懸命頑張っているのですが、手が遅くなかなか作業がはかどりません 。しばらく時間がかかりそうです。
 
(リンク切れで苦情対応の電話をしている夢を見ました・・・(゚∀゚;)


(´・(ェ)・`)~~hutoi

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