白馬村飯森(いいもり)にある、曹洞宗の大寺で山号は示現山(じげんざん)といいます。
1391年この寺の裏山、一夜山(いちやさん)にあった飯盛城の城主「日向守春盛(ひゅうがのかみはるもり)」の内室「光姫(みつひめ)」が大和の国「初瀬寺(はつせじ)」から本尊十一面観音を移して建てたといわれ、光姫の位牌が残っています。
その後1682年に再建されたのが今の寺で、およそ300年の歳月を経た古く由緒あるお寺として知られています。境内にある太い杉は樹齢5~600年といわれ、白馬村指定文化財天然記念物になっております。と入口に書いてありました。
1391年この寺の裏山、一夜山(いちやさん)にあった飯盛城の城主「日向守春盛(ひゅうがのかみはるもり)」の内室「光姫(みつひめ)」が大和の国「初瀬寺(はつせじ)」から本尊十一面観音を移して建てたといわれ、光姫の位牌が残っています。
その後1682年に再建されたのが今の寺で、およそ300年の歳月を経た古く由緒あるお寺として知られています。境内にある太い杉は樹齢5~600年といわれ、白馬村指定文化財天然記念物になっております。と入口に書いてありました。
飯森城といえば、今NHKの大河ドラマ「風林火山」に係わる合戦記が伝わります。
弘治3年(1557)、当時の城主「飯盛森春(いいもりもりはる(春盛とも))」が、武田軍の山県昌景の攻撃にあい、小谷村中土の姫川右岸にある平倉城に籠城した話がありますが、これは今「塩の道ガイド」になるため勉強中の三代目に譲ることとしましょう。
弘治3年(1557)、当時の城主「飯盛森春(いいもりもりはる(春盛とも))」が、武田軍の山県昌景の攻撃にあい、小谷村中土の姫川右岸にある平倉城に籠城した話がありますが、これは今「塩の道ガイド」になるため勉強中の三代目に譲ることとしましょう。
田舎の寺としてはなかなかの構え、国道148号から右折、飯森スキー場に行く途中にあります。この界隈は「節黒仙翁(ふしぐろせんのう)」が群生しています。女将がこの3日ほどチャレンジしたようですが、旨く写真に撮れなかったようで、太井メがご紹介します。(早い者勝ちです)
センノウは京都の嵯峨にあった仙翁寺〔廃寺〕に植栽されていた中国産の「仙翁花(せんのうげ)」に似ていたため。フシグロは茎の節の辺りが黒いので「フシグロセンノウ」
(´・(ェ)・`)~~hutoi


