千鳥

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酔っ払いの歩き方を、浜千鳥の餌を採るユニークな姿に見立てて「千鳥足」と言いますが、本人は至って真っすぐに歩いており、何で電柱やごみ箱が自分の方に寄ってくるんだろう?くらいな感覚なのです。それ以上に至福の時間を過ごした楽しさに、それこそ酔いしれているのです。
 
太井メの酒好きは親父からの遺伝です。親父は猟友会長をしていたので、よく人が集まりました。今でこそカラオケですが、当時は民謡でも、演歌でも、軍歌でもみな手拍子でした。酔いがまわって手拍子が崩れてくると、必ず私を呼ぶのです。今でいうメトロノームの代りです。また何時か詳しくお話しますが、野ウサギの心臓の塩焼き欲しさに、いやいやながらのお付き合いでした。

ハクサンチドリ
 
雪が降った冬のある朝。いつもなら登校する私の為に、次の家まで道の雪踏みをしてくれるのですが、玄関を出るときれいに雪が踏みつけられいます。前夜宴会があったのです。それを見た親父が「オッだいじょぶだナ」一言いって家に入ってしまいました。子供の目にも二日酔いだというのが分かりましたが、しいて意義など唱えられません。

ノビネチドリ
 
カンジキ(わからない人は2004/5/18の「ひとりごと」を見てね)で踏んだ道と違い、つぼ足で歩いた大人の歩幅です。歩きにくいことこの上ない。そのうちに足跡が二つに分かれたり三つになったり。全員で千鳥足。これなら足跡が無い方が歩きやすい。尻もちの跡があったり、大の字の形が残っていたりで、どこで何をしたのか一目瞭然です。あげくに紫の風呂敷に包まれたお重までが落ちている。「ははーん。この足跡はここの家の親父か。あっこんなとこで立ち小便をしてやがる」。仕方がないので届けてやることにしました。

テガタチドリ
 
案の定「しょうがないねェ。手土産忘れても、鉄砲だけは忘れないんだから・・・・」それからウチのトウヘンボクの話が延々と続くのです。話が終わる頃合いも分かっていて「・・・・こんな事オメサマに話したってショウガネェねけど」すかさず。「おばちゃん、俺学校に遅れるから」やっとの思いで玄関を離れることが出来るのです。田舎の家はどこへ行ってもこんな対応です。一言で済んだためしがありません。ひどいとこなんか「おっよく来たな。まあ上がってイッペエやってけ」 田舎では楽しみがあまり無いので、事あるごとに宴会です。

ホソバノキソチドリ
 
昨夜はこの家で宴会があったな。冬の朝は宴会の名残が千鳥足と共に残っているのです。子供心に「こんな大人たちにはなりたくないな」と思ったものですが、今じゃあすっかり当時のような大人になってしまいました。

でも今思うに当時の子供たちの方がある意味幸せだったのかもしれません。

チドリの名のつく花の話をするつもりが・・・・・
 
(*_*;)すんません


(´・(ェ)・`)~~hutoi

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このページは、hutoimeが2007年7月 7日 23:49に書いたブログ記事です。

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